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平松 洋子
2017/03/17

平松洋子さんが今月買った10冊

『狂うひと「死の棘」の妻・島尾ミホ』で暴かれた島尾敏雄・ミホ夫妻の秘密とは

『狂うひと』に打ちのめされた。島尾敏雄・ミホが造型した〈書く/書かれる〉関係のきわどさ。著者は、〈書く〉ことによってその痛みと欲望を全身で引き受けている。『死の棘』は夫婦愛の「神話」として読まれ始めるが、その定説に破綻を見出した著者は、長年の取材と膨大な資料の読み解きを駆使、隠された事実に触手を伸ばしてゆく。しかし、数々の事実を暴いてなお両者の文学性や人間性は尊厳を奪われない、その奇跡。極めて魁偉な存在を描きつつ、〈書く〉という業から一歩も退かぬ著者の姿に畏敬の念を抱いた。

平松洋子氏

『在りし、在らまほしかりし 三島由紀夫』。最晩年の六年間、身近に接した著者は、自身の人生において「最重要の他者」こそ三島由紀夫と断じる。その人物を、自分の存在は虚妄ではないかという「冷え冷えとした自らへの疑問」から逃れ得なかったと分析する。講演録や対談もふくめ、三島を語る言葉は終始一貫して冷徹、容赦がない。言葉を尽くして終わりのない哀悼を捧げる本書には、高橋睦郎そのひとが鏡写しになっている。

 オリジナルプリントの価値を最初に見出した写真界のパイオニアであり、昨年逝去したギャラリストの石原悦郎を描く評伝『写真をアートにした男』。時間軸に沿った詳細な記録を試み、写真の本質をも描き出す。著者の、写真に対する豊富な知識と見識がなければ書き得なかった労作は、時代を読む力の根源にも迫っている。

『空へ』『荒野へ』などで知られるJ・クラカワーの最新ノンフィクション『ミズーラ』。モンタナ州第二の都市ミズーラのシンボルともいうべき、名門モンタナ大学で起こった複数の性暴力事件の真相に迫る渾身の一作だ。加害者は、地元で愛されるアメフトチームの一員であるがゆえに町ぐるみで守られる。いっぽう、被害者女性は誹謗中傷や偏見によってセカンドレイプに苛まれる。膨大な取材量から浮上する現実が司法制度の矛盾を突き、性暴力事件にまつわるイメージがいかに真実を遠ざけるか、震撼させられた。

 編集者の情熱が生んだ新版『もう一度 倫敦巴里』がすばらしい。七七年、話の特集から刊行された一冊を増補した戯作・贋作集。川端康成『雪国』の冒頭を野坂昭如、植草甚一、淀川長治、伊丹十三、五木寛之、井上ひさし、池波正太郎、つかこうへい、宇能鴻一郎ら十八人になり切って語ったかと思えば、地図を使って「はめ絵映画館」……続々。異能の人、和田誠の切れ味に改めて驚嘆する。

 北欧事情を知りたくて買った『限りなく完璧に近い人々』。副題は「なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?」。イギリス人の著者独特のトゲのある目線を向け、北欧の幸福感の実体を多角的に考察する。税金は高く、生産性は低いのに、人生に充足感を抱く人々。彼らの生き方との相違が、読者の価値観を問い直す。価値観の転換は、家族の死に直面したときにも問われる。散骨をテーマに、日本の五組の家族を取り上げるノンフィクション『晴れたら空に骨まいて』。散骨とは、残された者の生の時間を支えるということだと教わる。散骨は、個を生きる者同士の対話でもあるのだ。

 牧野伊三夫『かぼちゃを塩で煮る』。画家の日常は、飲むこと、食うこと。肩の力の抜けた料理にほっとしつつ、思う。画家の文章はどうしてこんなにおいしそうなんだろう。タイトルに「鰻」とある本は必ず買うことに決めている。歌川国芳の鰻を裂く女の図が怖い『鰻』は、確信犯の斜め目線のアンソロジー。大伴家持、南方熊楠、五代目古今亭志ん生、岡本綺堂、柳田国男、火野葦平、内田百閒ら、鰻の面妖さにどっぷり嵌りこむ。『谷崎万華鏡』も妖しさ充満。高野文子が『陰翳礼讃』、近藤聡乃が『夢の浮橋』、古屋兎丸が『少年』など、十一人のアーティストが谷崎文学に挑む。シビレるポイントが散りばめられて極彩色、ハシゴを外されてくらくらする。

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01.『狂うひと「死の棘」の妻・島尾ミホ』 梯久美子 新潮社 3000円+税

狂うひと ──「死の棘」の妻・島尾ミホ

梯 久美子(著)

新潮社
2016年10月31日 発売

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02.『在りし、在らまほしかりし 三島由紀夫』 高橋睦郎 平凡社 2600円+税

在りし、在らまほしかりし三島由紀夫

高橋 睦郎(著)

平凡社
2016年12月16日 発売

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03.『写真をアートにした男 石原悦郎とツァイト・フォト・サロン』 粟生田弓 小学館 2200円+税

04.『ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』 ジョン・クラカワー著 菅野楽章訳 亜紀書房 2500円+税

05.『もう一度 倫敦巴里』 和田 誠著 ナナロク社 2200円+税

もう一度 倫敦巴里

和田 誠(著)

ナナロク社
2017年1月21日 発売

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06.『限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?』 マイケル・ブース著 黒田眞知訳 KADOKAWA 2200円+税

限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?

マイケル・ブース(著),黒田 眞知(翻訳)

KADOKAWA
2016年9月29日 発売

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07.『晴れたら空に骨まいて』 川内有緒 ポプラ社 1500円+税

晴れたら空に骨まいて

川内 有緒(著)

ポプラ社
2016年11月5日 発売

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08.『かぼちゃを塩で煮る』 牧野伊三夫 幻冬舎 1300円+税

かぼちゃを塩で煮る

牧野 伊三夫(著)

幻冬舎
2016年12月15日 発売

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09.『鰻 eel』石川博編 皓星社 1800円+税

鰻 (紙礫)

石川博(編)

皓星社
2016年12月5日 発売

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10.『谷崎万華鏡 谷崎潤一郎マンガアンソロジー』 中央公論新社 1000円+税

谷崎万華鏡 - 谷崎潤一郎マンガアンソロジー

榎本 俊二(著)

中央公論新社
2016年11月8日 発売

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