いまから20年前のきょう、1997年3月19日の夕方、東京・渋谷の円山町のアパート1階の空き室で、女性の絞殺死体が発見された。被害者は39歳の東京電力社員で、3月8日に都内の自宅を出たまま行方不明となっていた。殺害されたのは8日深夜から9日未明とみられる。
名門大学卒のエリートOLが、なぜ、ラブホテル街の安アパートで殺されたのか? 捜査の過程で、女性が夜はべつの顔を持っていたことがあきらかになるにつれ、マスコミは競ってプライバシーを暴き立て、扇情的に報じるようになる。
この間、本件の強盗殺人容疑で、日本に不法残留していたネパール人男性が逮捕される(5月20日)。男性は、事件現場のアパートに隣接するビルで共同生活を送り、
男性は2000年4月の一審判決では無罪とされたものの、同年12月の二審は一転して有罪判決となり、無期懲役を宣告される。2003年10月の最高裁判決も二審判決を支持し、刑が確定。これにより男性は服役するが、その後、弁護団の請求に応じて、現場から採取された試料のDNA型鑑定が行なわれた。鑑定から、DNA型や血液型が男性のものとは異なることが判明。この結果を踏まえ、2012年11月の再審判決では被告の無罪が確定している。
DNA鑑定の結果はまず、『読売新聞』のスクープによりあきらかとなった。同紙による一連の報道は『東電OL事件――DNAが暴いた闇』(2012年。のち『再審無罪』と改題して中公文庫に収録)にまとめられている。それ以前より、この事件については多くの本が刊行されてきた。佐野眞一のノンフィクション『東電OL殺人事件』(2000年)に対しては、被害女性と同年代の働く女性を中心に、彼女に自分の姿を重ね合わせたとの感想が多数寄せられたという(佐野眞一『東電OL症候群』新潮文庫)。
被害女性が抱えざるをえなかった心の闇は、フィクションのつくり手たちをもとらえ、多くの作品が生まれた。小説では、久間十義『ダブルフェイス』(2000年)、桐野夏生『グロテスク』(2003年。泉鏡花文学賞受賞)、真梨幸子『女ともだち』(2006年)、折原一『追悼者』(2010年)などがあげられる。また映画でも、3人の女優が主演するオムニバス『TOKYO NOIR』(石岡正人・熊澤尚人監督、2004年)、水野美紀主演の『恋の罪』(園子温監督、2011年)といった、事件に着想を得たと思われる作品がある。このうち『恋の罪』では、冨樫真ふんする大学教員が、夜の街で男たちを相手に豹変するさまを演じ、鬼気迫るものがあった。