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西澤 千央
2017/03/21

村主章枝さんのヌード写真集に見る、芸術と自意識のあいだ

「氷上のアクトレス」から「月下のアクトレス」へのジャンプ・アップ

 アスリート。極限まで肉体を鍛え、技を高め、プレッシャーに打ち勝つ精神力を持ったリアル戦士。ドラマよりドラマチックなその戦う姿に人は共感し、時に涙を流す。一流選手でいられる時間が有限なことも、その感動に意味を添えているのかもしれない……。と、何となく「バース・デイ」のオープニングでヒガシが言いそうな感じで書いてみましたが、今回のテーマはアスリート。

 大丈夫、現役スポーツ選手たちの技や戦術を論じるような力量は40年前母の胎内に忘れてきましたのでご安心ください。気になるのは、アスリートたちが持てる時間とエネルギーの全てを注いできた競技生活を終えた、その後。出しどころを失った自意識は一体どこへ向かうのでしょうか。

村主さんが脱いだのは芸術的必然性

 そんなことを考えたのは、この方のヌード写真集発売報道を見たのがきっかけでした。今年2月、写真集『月光』(講談社)を発売した元フィギュアスケーターの村主章枝。現役時代は「氷上のアクトレス」と評された彼女。口は常にハーフオープン(半開き)、くしゃみを我慢したようなその物憂げな表情、皆さんも一度はマネしたことがあるのでは。

村主さんのヌードが話題になった『月光』 ©時事通信社

 昨今ヌード写真集を出すことはなんら珍しいことではありませんが、まだまだ世間的には「借金か?」「男か?」「宗教か?」などといらぬ邪推をされる現実(全ては辺見マリのせい)。しかも日本を代表するトップ選手だったわけですから、マスコミは色めき立ちました。

 しかし村主さんの写真集は「スーパームーンの夜に銀色の光が降り注ぐ中、『月光』の世界観を写真で表現する」(インスタグラムより)という非常に崇高なもので、一部報道にあった「極貧生活」「ホスト通い」などの理由は完全否定。全ては「スーパームーンの下で」自分が大切にしてきたプログラム「『月光』を踊る」という芸術的必然性であったそう。