こんなものを「決算」とは呼ばない。

 東芝は2017年4月11日、監査法人の承認を受けないまま、2016年10~12月期の「決算」を発表した。正確には「決算に関する東芝の希望的観測」だ。同社の監査人であるPwCあらた監査法人はこの決算を「適正」と認めていない。前代未聞の事態である。

監査人の「結論不表明」の決算

 18時40分、発表資料が配られた。

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「結論の不表明」を伝える発表資料 ©大西康之

 四半期レビュー報告書の結論不表明に関するお知らせ

 監査人の責任

 当監査法人の責任は、当監査法人が、我が国において一般に公正妥当と認められる四半期レビューの基準に準拠して実施した四半期レビューに基づいて、独立の立場から四半期連結財務諸表に対する結論を表明することにある。
 しかしながら、「結論の不表明の根拠」に記載した事項により、当監査法人は、結論の表明の基礎となる証拠を入手することができなかった。

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 意訳すれば東芝の監査人であるPwCあらた監査法人が「今回、東芝が発表する四半期決算について私たちは責任を持てません」と言っているのだ。

 上場企業の決算には監査人の「結論表明」が必ずついている。それによって投資家は「この決算は正しい」と信じるわけだ。「結論不表明」のまま決算を発表するなど、上場企業のやることではない。

発表された決算資料 ©大西康之

赤っ恥をかかされた

 PwCあらたはなぜ、結論を出さなかったか。

 東芝の過去の決算、具体的には2016年3月期決算と同4~6月期、同7~9月期の決算に疑義が生じているからだ。

 東芝は2016年12月27日、「2015年に買収した米原発建設会社CB&I ストーン&ウェブスター(S&W)に関連し、数千億円の減損が発生する可能性がある」と発表し、株式市場を震撼させた。のれん代の減損額が明らかになったのは2017年2月14日。7000億円規模というとんでもない額だった。

 その予兆を見抜けず、2016年度の第1、第2四半期決算に「適正」という「結論」を書いてしまったPwCあらたは、赤っ恥をかかされた。

 PwCあらたが、アーンスト&ヤング(E&Y)グループの新日本監査法人から東芝を引き継いだのが2016年4月。「我々はE&Yのように甘くない」と自信満々で臨んだはずなのに、7000億円超の損失を見抜けなかったからだ。

会見場に現れた綱川社長 ©大西康之

叩けば埃の出る会社

 東芝は「S&Wの損失を認識したのは2016年10月以降」と主張している。つまり第1、第2四半期に「嘘はついていない」ということだ。しかし7000億円を超える損失がわずか数ヶ月でにわかに発生するのは不自然だ。

 PwCあらたは「お前ら、隠してたんじゃないのか」と疑っている。東芝は監査委員会の調査を元に「2016年10月以前に損失を認識し得た証拠は認められない」と主張するが「納得しない」というのがPwCあらたの立場である。

 怒ったPwCあらたは「過去の決算まで遡って調べる」と言っている。連結売上高5兆6000億円の巨大企業の決算を1年半も遡るのは膨大な作業だ。当然、作業は延び延びになり第3四半期の決算は延期につぐ延期になった。2月14日の予定が3月14日、そして4月11日。それでも作業は終わらず、PwCあらたの東芝に対する疑いは晴れていない。故に「結論不表明」のままの決算発表という異常事態が発生したのだ。

「三度目の正直」にはならず ©大西康之

「東芝は叩けば埃の出る会社。きちんと調べれば2016年3月期も債務超過だったことが明らかになり、2017年3月期は2期連続の債務超過になる。なにかの特例を設けない限り、即上場廃止です」

 ある会計士はこう分析する。

それでも決算発表に踏み切った東芝の事情

 結論不表明の決算をすれば、東芝に対する疑いは一段と深くなる。それでも東芝は「決算」に踏み切った。なぜか。

 同社の借入金は約1兆3890億円。およそ半分をメガバンク、残りを地銀や信金が貸している。地銀や信金は東芝が倒産した時の「取りっぱぐれ」を恐れている。3度目の決算延期をして、彼らが一斉に回収に動けば、信用収縮の雪崩が起きる恐れがある。だから東芝は無謀を承知で結論不表明の決算を発表した。

説明する綱川社長 ©大西康之

 そもそもの原因は2015年のS&W買収にある。この頃、米国で進める4基の新規原発建設が遅れに遅れ、遅延で発生した巨額のコスト増を負担するのは、電力会社か、建設会社のS&Wか、それともウエスチングハウス(WH)か。法廷を舞台に責任の押し付け合いが続いていた。

 2015年といえば、春には東芝の粉飾決算が発覚している。東芝が最も恐れたのは2006年に6600億円で買収したWHの企業価値が毀損していることがバレて巨額減損に追い込まれることだった。

 S&Wがごねて裁判が長引けば、WHの米国での事業がうまくいっていないことがバレてしまう。そこで東芝は「毒を食らわば皿まで」とS&Wを飲み込んだ。この決断が、結局、東芝を債務超過に追い込んだのは皮肉と言うしかない。

7166億円の損失が発生した背景

 なぜ7166億円もの巨額減損が突然、発生したのか。考えられる筋書きは三つある。

 一つ目は損を承知で買収し、隠し続けたという説。WHの経営を順調に見せかけるためだ。

 二つ目は買収時の資産査定がデタラメだったこと。そもそもとんでもない損を抱える会社をつかまされたという説である。

 三つ目は買収後に、東日本大震災やリーマン・ショック級の大きな外的要因の変化があった。

 買収は2015年。三つ目はまず考えられない。要は「隠した」のか「騙された」のかのどちらかである。

財務のプロ、平田CFOに直撃

 質疑応答で手を上げ続け、終了間際に質問の機会を得た。

――どうやると7166億円もの損失が突然発生するのか。PwCの疑念もそこにあるはず。隠してきたのか、騙されたのか。

 平田政善CFOの答えは「隠したのでも、騙されたのでもない」というものだった。

「S&Wが手がける原発建設に関しては膨大な量のドキュメントがございます。それらを精査した結果、7166億円ののれん代を減損すべきという結論に至りました」

「財務のプロ」の苦しい回答 ©getty

――買収する前に精査すべきだったのではないですか。デューディリ(資産査定)を担当したのはどこですか。

「買収交渉の段階では見ることができない資料もございます。デューディリにはプロフェッショナルな会社を使いましたが、個社名の公表は控えさせていただきます」

――デューディリしたのは(東芝の監査委員会委員長、佐藤良二氏の出身母体である)デロイトではありませんか。

「個社名は控えさせていただきます」

――財務のプロの平田さんに伺います。上場企業としてこの数字を『決算』と呼べますか。

「本来であれば監査法人の結論表明をいただくのが筋と考えますが、今回は投資家様の不安も考え、不表明の段階で発表させていただきました」

 判断は東京証券取引所に委ねられた。

 東証はこれを「決算」と認めるのか。

 認めないなら、決算もできない会社をこのまま上場させ続けるのか。

 要は東証が本気で投資家の権利を守る気があるかどうかである。失望すれば海外の投資家は日本から去っていくであろう。