昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

山本 一郎
2017/04/27

加齢は絶望でしかないのか?

高齢者の自殺に見るやりきれない話

genre : ニュース, 社会

 先日、90代と70代の姉妹が、手を繋いで急行列車に飛び込み自殺をしてしまうという何ともやりきれない事件がありました。毎日電車に揺られている身としては、朝の混雑している時間帯に人身事故でもあって電車がさらに遅延しようものなら車両全体から呪詛の声が天まで届く勢いで腹立たしく感じます。わざわざ自分が乗っている満員電車を狙って事故らなくてもいいじゃないかと恨めしく思ったりもするんですけども。私自身は自殺など考えたこともないので、自殺を思い切った側がなぜ電車への飛び込みを決断したのかというところまでは想像がつきません。どうせ死ぬなら誰かを巻き添えにとでも思ってしまったのか、あるいはそこまで考える余裕もないのか、はたまたふらふらと吸い寄せられるように飛び込んだのか。

©iStock.com

高齢化社会と情報化社会の齟齬

 60歳以上の自殺については、健康上の理由が過半を占め、鬱など精神疾患の方もあれば、長い闘病で人生に悲観して自ら命を絶つ方もおられます。長らく生きてきて、もうこれ以上良いことはないとアンケートに回答する高齢者の姿を想像するに、なんとも物悲しい内容です。老いは宿命であって、働き、子を育て、役割を終えた人たちが人生の終末へ向かって安息の日々を過ごす、という事例ばかりでもないのでしょう。たまに自ら「年寄りは敬え」とコンビニ店員や駅員に大声で凄んでいる老人を見ると速やかにご逝去賜りたい気分にはなりますが、良いことも悪いことも、誇りとする業績も拭いがたい苦悩も時間とともにその身に刻んできた人たちには、せめて人生の最後ぐらいは納得してそのときを迎えていただきたいと思うのです。

 情報化社会になって、過去の知識も自由自在に手に入れられる世の中になってくると、知識や教養の生き字引的な存在である高齢者がおのずから珍重されなくなっていくのは仕方のないことだとは思います。いまどき高度成長時代の成功体験や武勇伝を引きずる高齢者は施設にいけばたくさんいらっしゃいますが、私も親の介護のために現地にいくと嫌というほど自慢話や若い人たちはなってない話を聞かされます。企業や組織で働いて苦労した話はご本人たちにとってはかけがえのない財産かもしれませんが、いまを生きる私たちにとっては昭和がもたらした負債であって、早く脱却し決別しなければいけない過去を含みます。いまどき何日も徹夜して納品し取引先に迷惑をかけなかったというような苦労話は、労働基準法遵守や同一労働同一賃金へ向かおうという労働力不足の日本にあってはファンタジーのようなものなのです。