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連載春日太一の木曜邦画劇場

春日 太一
2017/06/27

山のシーズン本格化! 本作は山に入る者必見――春日太一の木曜邦画劇場

『マタギ』

1982年作品(103分)/紀伊國屋書店/3800円(税抜)/レンタルあり

 いよいよ、山のシーズン本格化だ。登山や山菜採りなどに勤しむ方も多いことだろう。

 だが、気をつけなければならない存在がいる。それは、熊だ。この時期、山での熊による惨劇がニュースになることが少なくない。特に近年は自然破壊で熊の餌も少なくなり、その危険性は増している。

 そこで、山に入る前にぜひ観てもらいたいのが、今回取り上げる『マタギ』だ。

 山で猟銃などを使って獣たちを狩猟することを生業とするプロフェッショナル、それがマタギ。本作では、ある雪深い秋田の山村を舞台に、かつて巨大熊に重傷を負わされた老マタギ・平蔵(西村晃)と熊との死闘が描かれている。

 巨大熊は村にも現れ、飼牛、そしてついには村娘までも襲い、村は恐怖に包まれていく。復讐に執念を燃やす平蔵は雪山へと入り、決戦に挑む。

 本作での巨大熊は現実と同じく、人間の営みと生命に危険をもたらす、「駆除」されるべき「害」という立場である。だが、「恐ろしいモンスター」として描いているだけではない。熊に対して、篤いリスペクトが払われているのだ。

 その想いは、平蔵の姿を通して描かれていく。平蔵は熊を仕留めることに全てを捧げているのだが、決して熊をただの獲物とは見ていない。そんな平蔵の心情が最もよく表れているのが、一度目の熊狩りに向かう早朝の場面だ。

 平蔵は連発できたり、スコープの付いている最新のライフル銃ではなく、昔ながらの単発の猟銃を使っている。今回も、そうだ。そして、その理由を尋ねる孫に、こう答える。「アイツはライフルで撃つような熊でねえ」「そだな油臭え鉄砲で撃ったら、熊は成仏できねえべ」「熊は山神様の授かり物だ。こっちも命がけでかからねば申し訳ねえべ。一発で撃つのしゃ」西村の慈愛に満ちた口調もあいまって、その言葉からは、熊への揺るぎない畏敬の念を感じられた。

 そして、この言葉はそのまま、作り手たちの想いとも受け止めることができる。

 というのも、最終的に平蔵は巨大熊を倒すのだが、そこには爽快感や達成感は一切ないのである。横たわる熊の死体はかわいそうに思えるほど無残に映り、平蔵も勝ち誇ることなく「熊、晒し物にしたくね。山神様に返(け)えしてやるだ」と呟くのみ。熊もまた憐れむべき犠牲者――、そんな鎮魂の情が伝わってくるのだ。

 考えてみれば、人を襲うといっても熊に悪意はない。むしろ熊からすれば登山はテリトリーへの侵犯、山菜採りは餌の横取りである。熊の世界に入らせてもらっている――。そのくらいの気持ちで山に臨む必要があるのではないか。本作を観て、そう感じた。