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大酒飲み、若くもイケメンでもないけど、読者に支持されるにはワケがある

著者は語る 佐伯泰英「酔いどれ小籐次」シリーズ

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 見事に仇討ちを成し遂げた小籐次は江戸の人気者になり、美しい歌人おりょうと恋に落ち、自分を襲った刺客の息子・駿太郎を引き取って育てていく。貧しい厩番のまま終わるはずだった男の第2の人生は、多くの読者を勇気づけた。ところが、2013年、19巻の『状箱騒動』まで書き継がれたところで物語は中断してしまう。

「出版社にたくさんの問い合わせが寄せられたそうで、本当に申し訳なく思いました。小籐次を江戸の市井に放り出したままではいけないという気持ちで、2014年に書き始めたのが『新・酔いどれ小籐次』です。旧シリーズでは老齢ながらあちこちで人を斬りまくっていた小籐次ですが、新シリーズではほとんど斬りません。その代わり、身近な人との縁を深くしていきます。『御鑓拝借』のときは1人で生涯をまっとうするだろうという感じだったのに、憧れのマドンナだったおりょうさんと晴れて夫婦になり、後継ぎの駿太郎が成長するにつれて、家族との関係や、長屋の住人とのつながりが自然と前面に押し出されていったんです。例えば長屋の差配役だった新兵衛さんの認知症が進行し、トラブルを起こすことによって、みんなの結束が強くなります」

 最新刊の『夢三夜 新・酔いどれ小籐次(八)』にはおりょうの兄が登場し、小籐次に対する敵意を剥き出しにする。時代や立場を問わず共感できる人間関係の難しさと同時に、長屋の人たちの温かな触れ合いも描かれているから、読んでいてホッとする。

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「僕が時代小説を手がけるようになったのは、バブルが崩壊したあとです。『水戸黄門』の印籠のように信じられる権威はなくなっています。そんな不安定な時代に、自分は小説で何ができるのかと考えたとき、史料を読み込んでリアルな江戸を構築するのではなく、現代から見た理想郷としての江戸を描こうと思ったんです。現実世界に閉塞感をおぼえている人に、本を読んでいる時間だけでも『こういう世界があるんだな』という夢を見ていただきたい。小籐次は不安定な生活をしているけれども、自分の信念にがんじがらめにならず、自由に生きているところがいいと思います。『夢三夜』は伊勢に出かける話でもあるので、小籐次と一緒に旅を楽しんでくださったらうれしいです」(構成 石井千湖)。

『夢三夜 新・酔いどれ小籐次(八)』
シリーズ最新刊! 大酒飲みで風采の上らぬ外見ながら来島水軍流の剣の使い手である赤目小籐次が活躍する、文庫書き下ろし大人気シリーズ第八弾。妻おりょうの実兄に殺意を向けられた小籐次は、無事に伊勢参りへと出発できるのか? 第九巻『船参宮』は8月4日発売。

夢三夜 新・酔いどれ小籐次(八) (文春文庫)

佐伯 泰英(著)

文藝春秋
2017年7月6日 発売

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