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牧野 知弘
2017/08/12

地方出身者が作り上げたマイホーム神話という幻想

マイホーム価値革命 (上)

人生のゴールはマイホームと退職金。そんな人生モデルが崩壊しつつあります。今までの不動産の「常識」が通用しなくなった時代、将来「あのとき、こうしていれば……」と後悔しない選択をするために、今、何を知り、意識改革していくべきなのか? 不動産投資のプロである牧野知弘さんの『マイホーム価値革命──2022年、「不動産」の常識が変わる』(NHK出版)は発売後すぐに増刷。今、問題となっている不動産市場の「逃げ切り世代」と「取り残され世代」の格差に早くから注目してきた牧野さんに、2回にわたって現代日本の不動産最新事情を解説してもらいます。

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 マイホームを買う大きな理由は、賃貸住宅に居る限り、永遠に家賃を支払うだけで、自らの財産にはならないという考え方に基づくものだ。この「マイホーム=財産」という考え方は戦後の日本で顕著になった考え方といえる。

 実は戦前までは都内で働く勤労者の多くは借家住まいだった。勤労者の所得が安定しなかったという面もあるが、人々は特に家を「所有」しなければならないという概念は持ち合わせていなかった。落語の世界においても熊さん八つぁんが登場するのは長屋の中だ。

 ところが戦後高度成長期を迎えて、地方から大量の人々が東京、名古屋、大阪といった大都市に流入するようになると、人々は自らの生活拠点としての家を「借りる」だけでなく、「所有」することを意識するようになった。

地方の農家の次男、三男がサラリーマンになって

 地方からやってきた人のプロフィールの多くは農家の次男、三男だ。大都市にやってきた彼らが選んだのはサラリーマンと呼ばれる勤労者。故郷への想いは強いものの、もはや帰る、という意識は希薄だ。農家は長男が継いでいるからだ。そうした意味では故郷に戻る、ということは都会での「敗北」を意味した。

 そこで、彼らは大都市に定住する道を選んだ。農民は古来、土地に対する執着が強い。彼らが故郷の親や親戚、長男夫婦から褒められるためには、自分も土地を買ってマイホームを建てることが必要だったのだ。「一国一城の主」なる言葉はこうした背景から生まれた言葉だ。

 こうしたニーズに応えるため国は1955年に日本住宅公団を設立し、都会に流れ込む勤労者のために大量の住宅を用意した。都市郊外部に、ニュータウンと呼ばれる大量の団地が建設されたのがこの頃だ。代表的な事例としては東京の多摩、大阪の千里、名古屋の高蔵寺などのニュータウンが大規模ニュータウンとして有名だ。

 ただし供給された住宅の多くは「賃貸」住宅だった。賃貸ではいつまでたっても自分のものにはならない。「根無し草」のような状況は農村をオリジンとする地方出身者には耐えられない。そこで、徐々に収入が上がり始めた勤労者に家を買ってもらおうということになったのだ。

 これがマイホームは財産と考える地方出身者の心には響いた。勤労者は勤務先から毎月支給される給料というフローはあるものの、マイホームを買えるほどの貯蓄=ストックはない。そこで収入の安定している勤労者向けに「住宅ローン」という制度融資の充実を図ったのだ。

家賃を毎月「捨てる」より毎月のローン返済を選んだ勤労者

 終身雇用を前提として一生懸命会社のために働けば、給料は年齢に応じて上昇する。その毎月の給料の中から住宅ローンを返済すれば、やがては自身の持ち物=資産となる。それならば賃貸住宅で家賃を毎月「捨てる」よりも、自らの資産形成になるということから、多くの勤労者がこぞって住宅を購入するようになったのだ。

 それでも大都市への大量の人の移動は、国や民間がどんなに頑張っても需要のすべてを満たすことはできず、住宅不足は大都市における大きな問題となった。結果として地価は大幅に上昇、価格が値上がりするということは、住宅の価値を高め、住宅を購入する人に対して大きな「含み益」をもたらすことになった。

 毎月がんばってローン返済を続けた結果、定年退職するまでの間にマイホームは自分のものになり、そのころには多額の「含み益」が生じている。マイホームは勤労者にとっての資産形成手段と信じるようになったのだ。