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近藤 正高
2017/09/19

ご存知ですか? 9月19日はアニメ監督・細田守の50歳の誕生日です

スタジオジブリは不合格。宮崎駿が手紙で伝えたその理由とは――

genre : エンタメ, 映画

 きょう9月19日は、アニメーション監督・細田守の50歳の誕生日である。アニメが日本を代表する文化に位置づけられて久しいが、新作が発表されるたびに注目され、興行的にも成功を収めている監督はけっして多くはない。細田はその数少ない監督のひとりである。

 富山県出身の細田は、小学6年生だった1979(昭和54)年、『銀河鉄道999(THE GALAXY EXPRESS 999)』(りんたろう監督)と『ルパン三世 カリオストロの城』(宮崎駿監督)を観て感銘を受け、卒業文集に「将来はアニメの映画監督になりたい」と書いたという。中学時代にはアニメを自主制作し、高校に入ってそれを東映動画(現・東映アニメーション)主催のコンテストに応募、ベストに選出されている。金沢美術工芸大学を卒業後は、その東映動画に入社した。なお、これと前後して、スタジオジブリの入社試験も受けて不合格になるも、宮崎駿監督から「君のような人間を入れると、かえって君の才能を削ぐと考えて、入れるのをやめた」という趣旨の手紙をもらったとの逸話がある(氷川竜介『細田守の世界 希望と奇跡を生むアニメーション』祥伝社)。

 初監督作品は、東映時代の1999(平成11)年に手がけた『劇場版デジモンアドベンチャー』。05年、『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』を監督したあと、フリーランスの演出家として独立する。以後、『時をかける少女』(06年)、『サマーウォーズ』(09年)、『おおかみこどもの雨と雪』(12年)、『バケモノの子』(15年)をあいついで発表、ヒット作となった。この間、11年にはプロデューサーの齋藤優一郎らと「スタジオ地図」を設立している。

『バケモノの子』が出品された第63回サン・セバスチャン国際映画祭にて。受賞には至らなかったが、同映画祭のコンペティション部門にアニメ映画が選出されるのは初めてであったことから話題を呼んだ ©時事通信社

『サマーウォーズ』以後の3作はすべてオリジナルだ。このうち『おおかみこどもの雨と雪』と『バケモノの子』では、子育てがテーマとなっている。ちょうど細田自身、両作品のあいだの時期に子供を儲け、「現代において子供は誰が育てるのか、どうやって大きくなっていくのか」と考えるようになったという(日経エンタテインメント!編『細田守とスタジオ地図の仕事』日経BP社)。

 細田は独立して以来、3年おきに作品を発表してきた。スタジオ地図では現在、『バケモノの子』から3年が経つ来年に向け、新作の制作が進められているという。

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