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特撮とアニメの大脚本家 小林靖子が語る「杉良と藤田まこと」への愛

「テレビっ子」小林靖子インタビュー #1

特撮・アニメファンからは“靖子にゃん”の愛称で呼ばれ、「彼女の本なら大丈夫」と、絶大な信頼を寄せられている脚本家・小林靖子さん。てれびのスキマさんによる「テレビっ子インタビュー」7人目のゲストに登場です。北川景子が出演した実写版『美少女戦士セーラームーン』や、佐藤健主演の『仮面ライダー電王』、松坂桃李主演の『侍戦隊シンケンジャー』などのメインライターとして、アニメ『進撃の巨人』、『ジョジョの奇妙な冒険』、『賭ケグルイ』などのシリーズ構成者としての小林さんは、一体どんなテレビ遍歴だったのでしょうか? 

小林靖子さん

『水戸黄門』と『Gメン'75』で育った小学校時代

―― 僕は78年生まれで、幼い頃は『仮面ライダー』シリーズや『ウルトラマン』シリーズが放送されていなかった特撮不遇の世代なので、子供の頃はほとんど特撮ドラマを見ていなくて、大人になって妻の影響でちゃんと見始めたんです。だから、僕は“特撮ファン”というよりも“小林靖子作品ファン”なんです。小林さんは幼い頃から特撮ドラマをご覧になっていたんですか?

小林 私は『仮面ライダー』直撃世代なのでよく見てましたね。いちばん夢中で見ていたのは『仮面ライダーV3』。子供がすごく多い世代(65年生まれ)なので、子供番組がすごく多かったんですよ。ゴールデンタイムとかにもたくさんやってましたから。『ガッチャマン』とかアニメもよく見てました。ひとつ下に弟がいて男の子と遊ぶことが多かったので、アクションものに憧れたんでしょうね。人並みに「リカちゃん人形」とかも持ってたんですけど。

―― 人並みに(笑)。

小林 ちゃんと人形ごっこはやりつつ、外では男の子とキックベースとかで遊んでました。

―― 小学生の頃は?

小林 意識を持って見始めたのは刑事ものですね、『Gメン'75』とか。時代劇だと『水戸黄門』とか。

―― それもアクションに惹かれてたんですか? 

小林 アクションもそうなんですけど、ちょっと暗くてハードな感じ。当時、『太陽にほえろ!』派と『Gメン'75』派っていうのがいて、私は『Gメン'75』派だったんですよね。『太陽』も見てましたけど。

―― 『75』のほうがちょっと陰がある。

小林 犯人は射殺されちゃったりとか、ハッピーエンドにはならない。『太陽にほえろ!』は大体ボスが飲んで「ワハハ!」っていって終わるんですけど、『75』は暗いんですよ。

私は刺青を見るだけで、どれが杉良の金さんかわかります

―― 憧れの俳優さんとかはいらっしゃったんですか?

小林 杉良太郎さんですね。小学校からずっと好きで。

園遊会の杉良太郎 ©雑誌協会代表

―― 小学校から「杉さま」っていう感じ?

小林 そうです。初めて買ったレコードが杉良太郎の「すきま風」。『遠山の金さん』のエンディングテーマだったんですけど。

―― それはどこに惹かれたんですか?

小林 『遠山の金さん』が大好きだったので、それでかっこいいと思っちゃって。で、小学校6年のときに舞台を見に行ったりとか。演歌歌手の人と同じで、前半お芝居で、後半歌謡ショーみたいな。

―― たまりませんね(笑)。歌も含めて好きだったんですか?

小林 いや、『遠山の金さん』の歌だから「すきま風」は好きだったというだけ(笑)。杉さんは一時期、現代劇も時代劇もすごい主演をやられてて、「流し目の杉サマ」って言われて、よくワイドショーでも取り上げられていましたよね。私は刺青を見るだけで、どれが杉良の金さんかわかります(笑)。

―― 当時、学校で、杉ファンはいたんですか?

小林 いや、いないいない(笑)。そんな人全然いないです。大体何の世代だろう。たのきん、かな? 中学・高校の頃に『(3年B組)金八先生』で、たのきんトリオが出てきたと思うんです。短大の頃がシブがき隊とかだったと思うので。

―― じゃあ、同じ「きん」でも……。

小林 全然違いますね(笑)。