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山内 宏泰
2017/11/19

5つの臓器を全摘した安藤忠雄が問う「あなたは何かに挑んでいるか」

歩みを緩めず、「挑戦」という名の個展ができるまで

建築はまずもって体験すべきものです

 ああ、いつもこうして仕事をしてきたのだろう。そう思わせる精力的な動きだった。

 9月中旬のこと。国立新美術館の巨大な展示空間に、安藤忠雄さんは現れた。1週間後には、ここで自身の個展「安藤忠雄展 ―挑戦―」が始まる。展示構成の詰めの作業をするため、会場を訪れたのだ。

安藤忠雄さん ©飯本貴子

 展示の全体を隈なくチェックし、矢継ぎ早に模型の並びを確認したり、キャプションの不備を見つけたり。何かを指摘するたび、スタッフが素早くメモを取る。発した言葉の一言一句を逃さぬ態勢が、手厚くできている。

 室内をひと通り眺めわたすと、足早に屋外のテラス会場へと向かった。展示の目玉にして最大の懸案でもある巨大な建築が、そこに聳え立っていた。

 代表作のひとつ「光の教会」である。とはいっても本物ではない。実物は当然ながら、大阪に今も建っている。こちらは1分の1スケールの模型である。いや、同じコンクリート素材を用いて寸分違わず造られたものだから、もはや模型とは呼べないだろう。もうひとつの本物、と言っていい。

「建築はまずもって体験しなければ、何もわかりませんからね。そこで思い切って実物大のモデルを建てることにしました。途中、もう無理かな、間に合わないかなとも思いましたが、なんとかなりました。ここまでするのか! という驚きが展示にあったほうが、足を運んでくれる人もきっと増えるでしょう?」

 そう話しながら、進捗具合と仕上がりには納得の表情を見せる。

 と、来訪を聞きつけた青木保同館館長が挨拶に訪れた。旧知の間柄だけに、安藤さんが、

「間に合いそうですよ。よかったですね、展覧会、開くことできるじゃないですか」

 と切り出す。光の教会が青空と六本木の街によく映えると館長が称えると、

「なんならこのまま置いておきましょうか? 展示室として使ってくれてもいいですよ」

 撤去に莫大な費用がかかることが懸案となっていたのを、まぜっ返す。

 室内にとって返すと、空間そのものを展示として見せる大きなインスタレーションの前に立ち、周りを囲う壁の前でしばし黙考。ペンを所望すると、水色、ピンク、緑の太字サインペンを手に、白地にスケッチを描き出した。

「ここ、このままじゃ寂しいでしょう。芸術の原点は落書きですよ。気持ちがいちばん素直に表れますから」

 あっという間に建築のスケッチが現れた。壁や展示台の隙間が次々と埋められていく。

壁面にスケッチを行う安藤さん ©飯本貴子

 作業を終えるともう一度全体を見返してから、後を現場のスタッフに託して立ち去った。その足で新幹線に飛び乗り、事務所のある大阪へ戻るという。

 大規模展覧会を開くのも大仕事だが、他にも国内外で数十の建築プロジェクトが動いており、それぞれが安藤さんを待ちわびている。精神的にも物理的にも、展示会場にばかりいつまでも留まるわけにはいかないのだ。

 徹底的に緻密。かつ大胆で自由。展示のチェック作業を見るだけでも、安藤建築がいかにして生まれてくるのかが垣間見えた。