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牧野 知弘
2017/11/28

「地方創生」がダメになった理由──あるプレゼンで思わず声を失った出来事

小遣い稼ぎのコンサル、言い訳ばかりの役所、そして……

 地方創生とは2014年9月に第二次安倍改造内閣が発足した時に掲げられた、東京への一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけるための政策をいう。

 あれから3年の時が経過した。最初に地方創生担当大臣に石破茂さんが就任した頃は、メディアでは、ほぼ毎日のように地方創生の単語を見つけることができたし、地方創生に取り組む自治体や関係者の姿が頻々と報じられたものだ。

今やすっかり日陰者扱いの「地方創生」

 ところが最近では地方創生というスローガンは、国会でもメディアでもあたかも忘れ去られてしまったかのような扱いとなり、いつのまにか「一億総活躍社会」にその名を変え、総選挙後は、「働き方改革」「生産性革命」へと猫の目のように政策が変わる中、地方創生は日陰者扱いになりつつあるというのが現状である。

 ではなぜ地方創生というスローガンが表舞台から降ろされてしまったのだろうか。その答えは端的に言って「うまくいっていない」からだ。

 東京への一極集中を改め、地方の人口減少を押しとどめ、国土の均衡ある発展を目指すという政策自体は何も目新しいものではない。かつて田中角栄が自らの著書「日本列島改造論」で唱えたのも、地方経済を豊かにするために全国に高速道路や新幹線を整備していこうというものだった。地方をなんとかしよう、もう一度輝きを取り戻そうという動きは、その後も何度も繰り返し唱えられてきたのに、掛け声倒れに終わってしまうのはなぜなのだろう。

豪華すぎる施設にまばらな人影

 私も仕事柄、地方に出かけることが多い。それは講演や、地方でのプロジェクトのプロデュースといった仕事である。そしていつも感じることは、日本の地方は、私のような東京者が思っている以上に見た目は「豊か」であることだ。

 先日もある地方都市にでかけて度肝を抜かれたのは、ものすごく立派な図書館や美術館、五輪が開けるのではと見紛うような豪華なスポーツ施設などが整備されていることだった。東京者からみてもなんとも羨ましいばかりの公共施設の数々である。

 ところが、その立派な図書館の中を歩くと、とにかく人が数えるほどしかいない。スポーツ施設は立派ではあるけれども、中に入って見ることができるのは、ママさんバレーと高齢者のテニスといったところだ。こうした施設を持つことがいけない、とは言わないけれども、誰の目から見ても「オーバースペック」の建築物であることは間違いない。

 国内のほとんどの地方都市は厳しい財政状況にあり、とてもこんなに立派な施設を建設する余裕はない。ところがこうした施設の財源の多くは地方交付税交付金や補助金などの「中央のおカネ」で賄われているのが現状だ。

地方都市の幹線道路は大手チェーン店ばかり

 立派な施設がたくさんできているのは、言い換えるならば、それだけ中央からたくさんのおカネを頂戴できていることの証とも言えるのである。

 また地方都市の幹線道路で車を走らせれば、そこで東京者の私の目に映るのは、大手チェーンの飲食店や物販店の看板ばかりである。これも私には中央の有名店をいかに引っ張ってこられるかを競っているようにしかみえない。

 これだけのおカネを費やしても、地方都市の現状は人口減少と年齢構成の高齢化に歯止めをかけることができないでいる。