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連載春日太一の木曜邦画劇場

春日 太一
2016/06/07

名脇役、加藤嘉の引き算の演技を堪能!

『点と線』

source : 週刊文春 2016年6月2日号

genre : エンタメ, 映画

1958年作品(85分)
東映
2800円(税抜)
レンタルあり

 加藤嘉は旧作邦画を語る上で欠かせない名優である。

 髑髏にそのまま皮膚が張り付いたような特異な面相のため若い頃から老人役ばかり演じてきた。それも決して好々爺ではない。一見するとそう思えるのだが、彼の異様なまでに黒目の大きい瞳と素っ頓狂な感じのする高音の発声はいつもどこか只者ではない雰囲気を漂わせ、時に不気味に、時に不穏に、時に悲しく、画面にアクセントを与えてきた。

 そのため、物語が理不尽になればなるほど力を発揮する。『砂の器』の全ての悲劇の発端となる男、『八甲田山』の道案内役を断られる村人、『白い巨塔』の異常なまでに清廉潔白な医大教授、『八つ墓村』『復讐するは我にあり』の悲惨な死に方をする被害者――、いずれも短い出演シーンながら強烈なインパクトだった。

 今回取り上げる『点と線』では、そんな加藤嘉が前半の実質的な主役を演じている。

 前半の舞台は福岡。海岸で二人の男女の死体が見つかり、鑑識は心中と断定、事件は解決したかに思えた。だが、その決定に異を唱える者がいた。それが、加藤嘉が演じる福岡署の鳥飼刑事だった。鳥飼は上司に迷惑がられながらも一人で他殺説を唱え地道に捜査を続け、やがて東京の汚職事件へと繋がっていく。

 短い場面の出演では異様さが際立つ加藤だが、前半はほぼ出ずっぱりとなる本作では、印象の異なる芝居をみせた。

 鳥飼は上司に反論したくても言葉を呑んでしまうような、どこか気弱な男だ。こうした役を演じる場合、飄々としながらも時折鋭い目線を見せるという芝居で刑事の凄みを表現する役者が多い。が、本作の加藤はそうではない。鋭い雰囲気を表立って見せることは終始なく、謙遜した態度のまま飄々とし続けているのだ。

 特に、東京から情報収集に来た若い刑事(南廣)と料亭で事件について語り合う場面は印象的だ。ここでの加藤は夢中になって推理を披露し、「私なぞはそれこそ田舎住まいの老体ですけん」と純朴な笑顔で謙遜をするという、怜悧な感じの全くない姿を見せ、どこまでも「お人好しの田舎刑事」にしか思えない。

 だからといって、そんな加藤の刑事像が名推理から説得力を奪うかというと、そうではない。凄味を全く見せない演技が、「このくらいのことは特別でなく、刑事として当然のこと」という、現場一筋で生きてきた叩き上げベテラン刑事の不器用な職人気質に映り、かえって信頼できる気がしてくるのである。

 加藤嘉は異様な映り方をする芝居ばかりでなく、こんな引き算の芝居でも観客を魅了できる――。その幅の広さに改めて感服する作品だった。