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「女子高生が行く所じゃないなんて言われて…」とある日本人が“米軍ハウス”で暮らす理由

「女子高生が行く所じゃないなんて言われて…」とある日本人が“米軍ハウス”で暮らす理由

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 かつての米兵用戸建て住宅が今、店舗やスタジオに姿を変えて活用されている。福生市、入間市、大和市に残る米軍ハウスとそれに魅せられた人々に迫った。(撮影・熊谷貫/文・熊崎敬)

東京都福生市 国道16号に花開いた“昭和レトロ文化”

 米軍横田基地に面した東京都福生市の国道16号沿いには、『米軍ハウス』と呼ばれる平屋の建物が点在する。朝鮮戦争末期の1953年頃、急増する米兵とその家族のために建てられたものだ。

 その後、基地の規模縮小で空き家が増えると、畳にちゃぶ台ではないバスルームにダイニングテーブルの生活様式に憧れた日本の若者たちが入居。伝統に縛られない、自由奔放な共同生活を始めた。70年代になるとミュージシャンや作家、芸術家を中心とするヒッピー的なコミュニティ文化が花開く。

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『カオマンガイ16号』を営む齊藤崇さん(50)も、そんな米軍ハウス文化に魅了されたひとりだ。

カオマンガイ16号(東京都福生市福生2270 (☎)042-530-2355 (営)平日11:30〜15:00、17:00〜23:00 土日祝11:30〜23:00 (休)年末年始)︱齊藤 崇さん

「90年代に上京したぼくは、村上龍さんや大瀧詠一さんが創作活動をした福生で商売をしたくなり、かつてテーラーだった米軍ハウスでタイ料理店を始めたんです」

「米軍ハウスは時代のあだ花として消えていくもの」

 齊藤さんの友人でハウススタジオを運営する小島トモさん(56)は、こうした米軍ハウスを“昭和レトロ文化”と位置づける。

「米軍は建物や家具のマニュアルをつくって開発事業者に施工を依頼したわけですが、手がけたのが日本の大工さんなので文化住宅に似た懐かしさが漂っているんです」

ハウススタジオ︱小島トモさん

 老朽化によって減少の一途をたどる米軍ハウス。近年は文化遺産としての価値が見直され、保存の動きが出てきたが、小島さんはあまり興味がないようだ。

「あの手のものは助成金のためにやっているものばかり。米軍ハウスは時代のあだ花として消えていくものだと思います。それでいいんじゃないでしょうか」