「エビデンス? ねーよそんなもん」

 朝日新聞編集委員の高橋純子記者が著書『仕方ない帝国』(河出書房新社)で書いた言葉が日刊ゲンダイの記事で取り上げられ、朝日新聞に批判的なネット界隈でちょっとした話題になりました(日刊ゲンダイDIGITAL「朝日新聞・高橋純子氏 安倍政権の気持ち悪さ伝えたい」2017年12月25日付)。

 実際には、違う文脈の中で書かれた言葉だそうですが、「新聞記者は、ウラを取って書けと言われるが、時に〈エビデンス? ねーよそんなもん〉と開き直る」と記事で書かれたために、ただでさえ朝日新聞に批判的なネット界隈の人たちに「朝日新聞はウラも取らずに記事を書くのか」と格好のネタにされたのでした(池田信夫氏「高橋純子記者の『エビデンス? ねーよそんなもん』のエビデンス」2017年12月27日付)。

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「エビデンス」という言葉は医療分野で使われはじめた

 ところで皆さんは、「エビデンス(evidence)」という言葉をご存知だったでしょうか。「物証」「証言」「証拠」などを意味する英語なのですが、週刊誌の見出しにも使われるようになったので、最近よく見聞きすると感じている人も多いはずです。このカタカナ語はどこから広がったのでしょうか。たぶん医療関係からではないかと私は思います。「エビデンス」というのは、医師がよく使う言葉なのです。

週刊誌などマスコミでも広く使われるようになった「エビデンス」という言葉だが…… ©iStock.com

 医療で「エビデンス」というとき、その前提として「EBM」という概念が踏まえられています。英語の「Evidence Based Medicine」の略で、日本語では「科学的根拠に基づく医療」などと訳されます。簡単に言えば、「個々の患者さんの診療にあたり、最近までの研究から得られたデータの中から信頼できるものを見つけ、それに基づいて理に適った診療を行う」ことを指します(公益財団法人長寿科学振興財団「健康長寿ネット」の説明)。

医師の経験や勘に頼る治療の悲劇──βカロチンの場合

 欧米でEBMという概念が生まれたのは1990年代で、日本には90年代後半になって入ってきました。なぜ、わざわざ医学界でこんな概念が言われ出したかというと、それまで、科学的データに基づかず、医師の経験や勘、頭で考えた理論、学界の権威の主張などに基づいて治療が行われることが多かったからです。しかしそれが、大間違いを起こすことも少なくありませんでした。

 たとえば、ニンジンなど緑黄色野菜に含まれるβカロテンの話が有名です。かつてβカロテンは細胞や遺伝子が傷つくのを防ぐ抗酸化作用があることから、がん予防になると期待されました。そこで、80~90年代にかけていくつか臨床試験が行われたのですが、喫煙者など肺がんリスクの高い人を対象にした2本の研究で、予想に反してβカロテンを多く摂取したグループのほうが、あまり摂取しなかった人よりも肺がんのリスクがかえって高くなる結果が出たのです。そのため現在では、喫煙者がサプリメントなどでβカロテンを摂取することはやめたほうがいいとされています(国立がん研究センター がん情報サービス)。