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「そんな性癖なかったはずなのに…」認知症になって7年の夫が娘の洋服をピチピチに着てしまう“本当の理由”

『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』より #1

2023/02/22
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LINEに送られてきた写真に隠されていたヒント

 奥さんは、もう半ば諦めの思いで日々野崎さんと対峙していたので無理もない話だ。このように、愛する夫の言動を理解できずに、目の前の状況から目を背けてしまうケースはとても多い。

 LINEに送られてきたその他の写真を眺めていると、私はあることに気がついた。「お父さんはトイレの失敗が多いのではありませんか?」と聞くと、やはりその通りだった。娘さんのキャミソールをスカートのようにはいている野崎さんの写真が、私にヒントを与えてくれたのだ。

 もしかして野崎さんは、手当たり次第にパンツになりそうなものを探して、応急処置的にはいているだけではないだろうか。だから、デイサービスに行くときも、お腹の中にショーツを隠し持っていたのだろう。

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「もしかするとお父さんは、トイレの失敗をしたくないあまりに、予備のパンツをずっと探しているのかもしれませんね。お父さんが洋服を引っ張り出す目的は、トイレ失敗時の備えかもですね」と伝えた。

「そういえばお父さん、ウンチで汚したパンツをポリ袋に入れて、タンスの中に仕舞い込んでいたことがありました」と奥さんは、少し前に起きた出来事を教えてくれた。

「お父さんは、臭いが漏れて迷惑をかけないようにご家族に配慮して、自分の中でできる最大限のことを、必死に努力されていたんですね」というメッセージを送ると、奥さんは落ち着くことができたようだった。

女性もののアイテムに執着する理由

「私と娘は、お父さんが洋服をぐちゃぐちゃにして困ると感じていたけれど、お父さんはパンツがないと困るのね。お父さんにはお父さんなりの目的があって、それを一生懸命やっていただけだったのね。お父さんがいやなことばかりしてくると考えていたけれど、まさかお父さんの努力だったなんて……」というメッセージの最後には、泣き顔の絵文字が添えられていた。奥さんは、ようやく野崎さんの行動を理解することができたのである。

 では、髪留めやアームカバーについてはどのように考えれば良いのだろうか。どう見ても女性もののアイテムなのに、どうして野崎さんは執着をするのだろうかと考えていると、1つの仮説が浮かび上がってきた。

「確かお父さんは公務員でしたよね。毎日スーツを着ていたのではないでしょうか。だとすると髪留めはネクタイピン、アームカバーはネクタイだと思い込んでいるのかもしれませんね」と私は思いついたことを伝えた。つまり野崎さんは、仕事に行くための洋服も同時に探していたということになる。