昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

梶原 紀章
2018/02/07

日本プロ野球史上“最長”の名字を持つ男のいま

文春野球コラム オープン戦2018

 石垣島春季キャンプ最初の休日となった2月5日。注目のドラフト1位ルーキー・安田尚憲内野手ら新人8選手は竹富島にて水牛観光を楽しんだ。今や日本プロ野球12球団で恒例となっているオフの新人選手による観光。練習がない日にマスコミが報道する材料を提供するため球団広報主導で行っているもので、石垣島でキャンプを張って11年で11度目のイベントになった。

 竹富島の水牛見学は08年以来。ふとその時のメンバーを思い返し、安田に伝えた。「下敷領がルーキーの時に来て以来だよ」。すると18歳の若者は「下敷領さんも、水牛に乗ったのですか。なにか縁を感じますね」と笑った。

 下敷領悠太スカウト。関西圏を担当する彼は、安田の担当スカウトである。

下敷領悠太スカウト(左)と安田尚憲 ©梶原紀章

日本プロ野球“最長”の名字を持つ下敷領スカウト

 08年のキャンプ。社会人ドラフト5位で入団した下敷領はブルペンで注目を集めた。同じアンダースローから投げるフォームで先輩の渡辺俊介投手とブルペンでは隣同士で競演。ダブルアンダースローとして期待を集めた。そしてもう一つ当時、注目を集めたのがその名前。ユニフォームの背番号の上に書かれているアルファベット文字は「SHIMOSHIKIRYO」の13字。日本プロ野球界において、それまでの最高が12字だったということもあり、話題となった。

「覚えていますね。最後にHを付けてSHIMOSHIKIRYOHとすれば14字。本来はそれが正しいという事もあって、そうなるとアメリカの記録にも並ぶと記者の方に教えてもらいました。ああ、面白いなあとは思いましたけど当時は球団にそんなお願いをする余裕も勇気もなかったですね」

現役時代の下敷領悠太

 188センチ、体重96キロと高校生離れした安田のフリー打撃をバックネット裏から嬉しそうに見守りながら当時の事を話してくれた。下敷領は大阪府の出身であるが父の実家は鹿児島県の種子島。元々は鹿児島県指宿に多い名字だと聞いている。「自分は親戚以外にこの名字の人とは会ったことがないですね。でも覚えてもらいやすいのでよかったかなあと思っています」。ちなみに地元には下敷領の他に上敷領、中敷領という名字があると父から聞いている。そんな下敷領だが残念ながらプロ3年で現役を引退することになる。渡辺俊介というアンダースローの第一人者がマリーンズにいたことでタイプが被っていたことは不運の一つでもあった。

「せっかく自分は打者からすると打ちづらい投げ方をしているのに、制球を磨くことばかりを意識してしまっていた。もっとバッター心理で物事を考えて自分のフォームを有効に生かして投げるべきだったと今は思います」

 そして球団から提案されたのがスカウトへの転身。最初はなにをやればいいか分からなかったが今では充実感に包まれた日々を送っている。これまで担当してきた選手は11人。スカウト1年目に出会ったのが中後悠平、益田直也の両投手。その後も松永、井上、吉原、肘井、田中、香月、酒居、土肥と様々な選手がマリーンズ入りしている。