筆者が初めて「時代劇研究」の道に足を踏み入れたのは大学院生時代、今からちょうど十五年前の二〇〇三年二月のことだった。その時、論文の取材のため訪れた映像京都の時代劇撮影の現場の素晴らしさに惹かれ、その魅力をもっと掘り下げたい――と思ったのがキッカケになっている。
映像京都は市川雷蔵、勝新太郎らの名作時代劇を作り上げてきた大映京都撮影所のスタッフたちが作ったプロダクション。筆者が取材させていただいた現場は既に七十歳を超えていた井上昭監督をはじめ大映時代からの面々が現役バリバリで働いており、年齢を感じさせないその職人仕事ぶりを間近にすることで、「こんな素晴らしい世界がまだあったんだ――」とウットリとした気分に浸っていた。
今回取り上げる『座頭市二段斬り』は、井上監督、美術の西岡善信、カメラの森田富士郎、照明の美間博――まさに筆者がうかがった現場にいた方々が、その約四十年前に撮ったシリーズ第十作だ。
井上監督は大映の各人気シリーズで、物語のパターンが定まってから登板している。
当時、若手監督だった井上は、たとえば『眠狂四郎多情剣』で雷蔵自身にカメラを持たせて敵地へ向かう狂四郎の足元を真上から撮影するなど、特異な画面作りで常識に挑戦してきた。それだけに、「井上に撮らせると風変わりな映像になるが、一方で観客の目先を変え、飽きさせない刺激になる」という、シリーズのカンフル剤的な役割を会社から期待されていたのだという。
本作でも、その演出センスは遺憾なく発揮されている。
座頭市(勝)の足の裏のアップが映し出される冒頭、壁が四方全て真っ白一色の賭場、高い位置からの移動撮影で追う座頭市の立ち回り……といった遊び心あふれる画面設計にも驚かされるが、それだけでなく、ドラマに緊張感をもたらせるためにあえて変化球を投げている場面もある。
特に印象的なのが、序盤の女郎屋の場面。ここでは自分たちを虐げる代官に対して蔑んだ目を投げかける女郎たちの目線のアップを細かいカットで重ねていったり、折檻を受ける女郎の姿を激しく動き回る手持ちカメラで追ったりすることで、彼女たちの置かれた過酷な環境とその中での苦しみを表現している。
そして、井上の奇抜な発想を具現化させた、森田のトリッキーなカメラワークに美間の幻想的な照明、そして彩り豊かな西岡の美術――。
こんな凄い仕事と変わらない現場を目の前で見せられては、もう引き返す道はない。本作をご覧いただくと、そんな十五年前の筆者の興奮をきっとご理解いただけるはずだ。