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今つらい人に、笑って泣いてほしい

『スマイリング! 岩熊自転車 関口俊太』 (土橋章宏 著)

source : 週刊文春 2016年12月29日号

genre : エンタメ, 読書

どばしあきひろ/1969年、大阪府豊中市生まれ。関西大学工学部卒業。2011年、『超高速! 参勤交代』で第37回城戸賞を受賞。2013年に同名の小説で作家デビュー。著書は『幕末まらそん侍』『ライツ・オン! 明治灯台プロジェクト』『天国の一歩前』など。

 デビュー作『超高速! 参勤交代』が小説も映画もヒットした土橋章宏さん。新作『スマイリング!』はデビュー前に函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞グランプリを受賞した作品がもとになっている。

「僕は大学時代にオートバイで北海道をよく走りまわっていたんです。景色がよかったんですよ。社会人になった頃にロードレースが流行りだして自分でもロードバイクに乗るようになり、これは題材にして書かなきゃ、と思ったのです」

 函館に暮らす貧しく孤独な中学生・俊太は自転車が大好きだが、別れた父が昔買ってくれたシティサイクル(ママチャリ)は故障寸前、高価なロードバイクを乗りまわすクラスメイトたちの中ではずれ気味だ。しかし商店街のちっぽけな個人商店「岩熊自転車」の主人と出会い、かつて「ツール・ド・フランス」にメカニックとして帯同したこともある岩熊と「ツール・ド・函館」ジュニア部門レースの制覇を目指すようになる。王道のスポ根エンターテイメントだが、俊太のママチャリを岩熊がロードレース用に改造していくシーンなどの機械描写、また「パンチャー(瞬発力で勝負するタイプの競技者)」と岩熊に分類された小柄な俊太が肉体を鍛え上げていくリアルな身体描写が読ませる。

「大藪春彦さんのファンなのですが、大藪さんの描写というのは、銃に関することが延々3ページくらい書いてあったり(笑)。小説には、よく分からなくても書き込むくらいのマニアックなところがあった方がいいんじゃないかな。今回も自転車屋さんやジムトレーナーに取材して、もう、きっちり書こうと思ったんです」

 主人公が滑走するときに頭上に流れていく函館近辺の景色がのびやかだ。

「地元の人から色々なコースを案内してもらって写真に撮り、それを見ながら書きました。志賀直哉の『城の崎にて』とか、描写の巧い文学者って物凄く目がいい。僕はそれほど目がよくないので、だったら現代の機械の力を借りて書けば目がいいのと一緒かな、と思って(笑)」

 走行中に俊太が発する「ににににににに……!」といううなり声が印象的だ。

「構ってもらえず、ネグレクト気味に育った子供って独自の言葉を呟いたりするんです。母親にかえりみてもらえない彼もそうだろう、と。僕は児童問題や貧困、介護問題などに関心があって、今つらい状況にある人が楽しい気分になる小説を書いていきたいのです」

俊太はキャバクラで働く母と2人で暮らす、函館の中学2年生。優等生の蓮、幼馴染の陽菜ら、仲間うちで最近はやりのロードレースに古い「ママチャリ」ではついていけず、孤立感を深めている。一方、小さな自転車屋を営む岩熊は妻子と別れた孤独な中年男。2人は力を合わせ「ツール・ド・函館」に挑むことに。 中央公論新社 1300円+税

スマイリング! 岩熊自転車 関口俊太

土橋 章宏(著)

中央公論新社
2016年10月19日 発売

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