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在宅死のカリスマがあえて問う「今までマスコミは美談ばかり伝えてきた」

在宅死のリアル──長尾和宏医師インタビュー ♯1

2018/03/13

「最期は住み慣れたわが家で死にたい」。病院ではなく、家なら穏やかな最期を迎えられる──そんな在宅医療「礼賛」の記事や番組がたくさんつくられてきました。しかし、現実は必ずしも理想通りではないことを痛烈に指摘した本『痛い在宅医』(ブックマン社)が刊行されました。その著者が、「在宅死」を推奨してきたカリスマ医師、長尾和宏さんであったことも驚くべきことでした。

 兵庫県尼崎市で20年以上にわたり在宅での看取りに取り組み、『「平穏死」10の条件』など多くの著作を世に問うてきた長尾医師に、医療現場に詳しいジャーナリストの鳥集 徹さんが「在宅医療のリアル」を聞きました。

◆◆◆

鳥集 『痛い在宅医』を拝読しました。末期の肺がんのお父様を総合病院から引き取られて、ご自宅で看取られた女性の話です。彼女は長尾先生の本のファンで、在宅で看取れば苦痛なく、穏やかに見送れると思っていた。ところが、在宅医は初診時に自宅に訪れたきりで、電話をしても事務長が出るばかり。適切な指示をしてくれず、結局、お父様は大変な息苦しさを訴えながら、悶えるように亡くなってしまった。その娘さんからの、ときに嗚咽しながらのクレームに長尾先生が答える形式の本になっています。この話は実話なんですか?

長尾 実話です。ドキュメンタリーで、創作は何も入っていません。この本のご家族はご自宅の近くで、まあまあの看取り実績がある在宅医にお願いしたんです。ところが、夜中に苦しんで、連絡したのに来てくれなかった。お父さんが悶え苦しんで亡くなった姿を見て、娘さんは「私が父を殺した」という絶望感から抜け出せなかった。「長尾本に書いていることと違うじゃないか」と、私にクレームを言ってこられたんです。その娘さんとのやり取りを、ご本人の許可をいただいて形にしたのが、この本です。

長年在宅医療を推奨してきた長尾和宏さん ©末永裕樹/文藝春秋

鳥集 この在宅医の対応には、やはり問題があったと思われますか?

長尾 様々な問題点が指摘できると思います。でも、僕は本でこの先生を責めているわけじゃないんです。言葉は悪いけど、「在宅医療って、現実はこんなもんだよ」ということを伝えたかった。患者と医師との「コミュニケーションのすれ違いによる悲劇」を描きたかったんです。一般の方だけでなく、多くの在宅医にも読んでほしいと思っています。

これまでマスコミに出る在宅医療の話は美談ばかりだった

鳥集 お父様を看取った医師は、10年あまり在宅医療に携わり、肺がん患者も診ていると書かれています。それぐらい実績のある医師でも、問題が起こることがあるんですか?

長尾 はい。講演で全国を回っているので、僕の耳にも在宅医に関するクレームはちらほら耳に入ってきます。「長尾先生は本で在宅医療の美談ばっかり書いている。でも、電話したら飛んできてくれるお医者さんばかりじゃない」と。確かに、これまでマスコミに出る在宅医療の話は美談ばっかりでした。「家で迎える平穏死はとてもいいものだ」という認識も以前にくらべて広まりましたし、私の書いてきた本もそうした影響を与えてきたと思います。

 在宅医療を推進することは国策です。増え続ける医療費を抑制するために病院のベッド数の削減を打ち出し、「病院から家へ」の大号令のもと、国が推進している。美談がないとみんな乗らないので、仕方なかった部分はあると思います。だけど、もう美談の時期ではないだろうと。僕が開業したのが23年前の1995年なので、少なくとも在宅医療が始まって、もう20年以上経ちました。国が本腰を入れてつくった「在宅療養支援診療所」の制度ができたのは2008年で、それから数えても、ちょうど10年経ちます。もう在宅医療は子どもじゃない。なので、そろそろリアルな在宅医療を知ったほうがいいんじゃないかと。

美談ではなく、在宅医療の現実を知ってほしい 写真提供:長尾クリニック

鳥集 つまり、問題点を洗い出して、クオリティーを上げていかねばらない時期になったということですね。

長尾 そうです。今までは質より量だったんです。しかし、これからは量ももちろん大事だけど、質を上げていかないと、国民からも病院からも信頼されない。今でも、病院の医師やスタッフのほとんどは、「十分な薬や医療機器を使えない在宅で満足な看取りなんて、できるはずがない」と思っています。病院の先生に無作為に聞いたら、9割は「在宅医はインチキだ」って言うはずです。現実は、そんなもんですよ。

もがき苦しんでいたのに医師が到着したのは息を引き取った後

鳥集 お父さんが息も絶え絶えで、もがき苦しんでいるときに、どうすればいいかわからなかった娘さんが在宅医の携帯に電話したら、本人が出て「今、運転中なんですよ」と不機嫌そうな声で対応したと書かれています。結局、医師が家に到着したのは、お父さんが亡くなった後でした。このような在宅医の対応が、娘さんの不満や心の傷の大きな原因の一つになっています。患者さんが苦しみ出したと連絡があったら、在宅医は駆け付けるべきなんでしょうか。

長尾 僕だったら電話でよく話を聞き、行く必要があると思えば飛んでいきます。患者さんが苦しんでいるときにこそ、在宅医が必要だからです。家に駆け付けたら、まず背中をさする。手で触れてあげることは本当に大事で、それだけで不安が軽減します。さらに、ステロイドや睡眠薬を投与するだけで、すごく楽になる。もし、僕が飛んでいけない場合でも、訪問看護師さんやケアマネージャさんでもいいから、誰か代理の人に行かせます。誰も行かないのが一番まずい。

鳥集 医師や看護師さんが駆けつけてくれるだけで、ご家族もほっとしますよね。