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「バラエティはくだらない」発言だけじゃない…アイドル界の革命児・小泉今日子58歳が持つ“鋭さ”

2月4日は小泉今日子の誕生日

2024/02/04
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新聞社に異例のリクエスト

 2005年からは10年にわたり『読売新聞』の読書委員を務め、毎週、書評を執筆した。久世光彦の推薦により委員を打診されたとき、小泉は読書面のデスクに対し、「自分の原稿がダメだったら、『これはボツだ』とか『書き直せ』としっかり言えますか」と訊ねたという。アイドルだった彼女はそれまで「この程度やれれば十分」と言われることが多く、悔しい思いをしてきたがゆえ、あらかじめ相手の覚悟を確認したのだった。読売側はこれを受け容れ、担当記者からダメを出されて何度か書き直し、ようやくOKが出たこともあったとか。

 アイドル路線からは20代の終わりぐらいに離れ、本格的に俳優業に軸足を置くようになる。それでも所属事務所ではデビュー以来ずっと給料制で、自分の出演料も知らず、知りたいとも思わなかった。「あんまり働いてないから減給してくれ」と申し出たことさえあったらしい。それというのも《お金が入ってくることで友達や家族と価値観が変わっていくのが嫌だった。(中略)欲しいものも、せいぜい洋服ぐらいだし。だったら、ないほうが楽じゃないか》と思っていたからだという(『AERA』2008年9月22日号)。

©文藝春秋

 そのなかにあってひそかに抱いていた夢が、自分で理想の会社をつくることだった。15年ほど前のインタビューではすでに、《すっごい自由な会社作って、いろんな人を救済したいなぁ。なんて、そんなことしか欲がない》と述べていた(『AERA』前掲号)。小泉はそのころ、芸能界で増え始めていた女性のマネージャーや社長と会うたび、「うちの事務所とか、どっちが得とか、そんなの関係なく生きようよ。みんながよくなることを考えようよ」という話になったという。こうしたことが、やがて自ら会社を立ち上げることへとつながっていった。

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コロナ禍での公演

 昨年(2023年)には、小泉の企画製作・プロデュース・主演による舞台『ピエタ』が全国各地で上演された。これは、原作となる直木賞作家・大島真寿美の同名小説を書評でとりあげて以来、10年以上にわたって温めてきた企画である。この間、一緒に話を進めていた脚本家が亡くなったり、コロナ禍で延期を余儀なくされたりと、いくつものアクシデントを乗り越えながらようやく実現にこぎつけた。

 コロナ禍で公演を延期したときには、すでに劇場を3週間おさえていたが、キャンセルはせず、苦境に立たされていた劇場や俳優などのため、演劇、朗読、音楽などを日替わりで発表する企画に切り替えた。そこには、テレビで知ったフランスの思想家ジャック・アタリの「利他主義」からの影響もあったという。ただ、会社をつくる以前から、芸能界で共存共栄を目指していた彼女からすれば、コロナ禍での機転は当然の選択であっただろう。

 冒頭で引用した『文藝春秋』の対談では、あらかじめ計画を立てるのは好きではないので60歳から先は白紙だとしつつ、一昨年に母が他界し、実家が空き家となったので、それを改装して、みんなが集まれるスペースにするなど、いくつかアイデアはあるとも語っていた。小泉がヒロインの母親・春子役で出演した朝ドラ『あまちゃん』(2013年)では、春子の郷里の北三陸の漁協の建物が改装され「海女カフェ」に生まれ変わったが、何だかそれを思い起こさせる。

 そういえば、『あまちゃん』と同じく宮藤官九郎の脚本で現在放送中のドラマ『不適切にもほどがある!』にも、小泉が意外な形で登場する。このドラマでは、阿部サダヲ演じる昭和の中学教師・小川が現代にタイムスリップして、コンプライアンスやハラスメント意識のないまま暴走する一方で、現代の価値観にも疑問を投げかけている。

 小川が現代と昭和の世界を行き来する際、喫茶店のトイレの壁に開いた穴が使われるのだが、その穴の両端にはそれぞれの時代の小泉のポスターが貼られているのだ。言わば、小泉今日子が2つの時代をつなぐ象徴となっているわけである。時代とともに変化しつつも根本ではブレない存在という意味で、まさにこれほど彼女にふさわしい“役どころ”もない。

「バラエティはくだらない」発言だけじゃない…アイドル界の革命児・小泉今日子58歳が持つ“鋭さ”

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