文春オンライン
スマホが手離せぬ常時接続時代に抗して哲学者・谷川嘉浩が提唱する「純文学のすすめ」 後編

スマホが手離せぬ常時接続時代に抗して哲学者・谷川嘉浩が提唱する「純文学のすすめ」 後編

谷川嘉浩さんインタビュー#2

2024/02/11
note

 もったいないなと思います。おせっかいで友人の本音を少し聞きだしたり、自分の本音を一部の人にだけ話したりする、ほどよい悩みとの付き合い方ができなくなっているのでしょうね。しどろもどろで、うまくいえなくていいんですけどね、本音なんて。全部言う必要もないし。

小説なんて作品内で他人の秘密や本音をシェアしてもらっているわけですから、これを摂取してこちらがどう受け止めればいいか、大いに練習すればいい。自分も本音を話せるような友達はいないと感じるなら、小説を通して人の本音に触れるところから始めるのはいい手順ですよね。

 実生活でいきなり友達に秘密をシェアされたら、たしかにとまどってしまうかもしれないですし、ちょっと重たいなと感じそう。でも文学の中で体験するのなら、いくらでも無責任な反応をすればいい。「ちょっとこんな秘密や本音をぶつけられても、重過ぎて……」と思うなら、そっと本を閉じて、別の本に手を伸ばしたってかまわないですよね。気軽に体験し、レッスンを重ねたらいいと思います。

ADVERTISEMENT

私なら「家族って、自分って、ほんとうに面倒だ。」と

――このたび「本音屋」という企画が立ち上がりました。純文学作品のタイトルは隠して、その代わり作品からインスピレーションを受けた“本音”のひとことだけを露出させ、書店店頭やインターネット書店で販売するというもの。

 谷川 自己や他者と向き合うための良きレッスン材料になりそうですね。表に出ている言葉が本の内容を要約したキャッチコピーではなく、作品からインスピレーションを受けた本音のひとことというところがいい。

 たとえばそのひとつに、

「家族って、やさしくて、恐ろしい。」

 というのがありますね。家族という存在の面倒くささをよく表している言葉です。タイトルは伏せますが、私もこの小説は読んだことがあります。コピーにあるような家族への複雑な感情だけでなく、「自分」という厄介な存在に振り回されていることへの複雑な感情も読みどころの作品でした。

“本音”に惹かれて手に取って読んでみると、掲げられた“本音”とは違った自分なりのコピーをつけたくなりそうです。そう思ったら実際にコピーを書いてみるのもいいんじゃないでしょうか。私なら「家族って、自分って、ほんとうに面倒だ。」とでも書きたくなります。そうすることで、作品はもちろん、自分の関心や感情の解像度も上がっていく気がします。

スマホが手離せぬ常時接続時代に抗して哲学者・谷川嘉浩が提唱する「純文学のすすめ」 後編

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー