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今季のベイスターズで激増 「盗塁」という作戦を考える

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/05/05
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ランナー梶谷が塁上で考えていること

 盗塁という行為は成功率70%が最低求められるということ。普通に走れば、普通にアウトになる作戦だということ。変化球の時に走ると、それだけで成功率が上がるということ。選手はもちろんこのくらいの情報は頭に入っている(はず)。だからこそ、塁上ではあれこれ考えている。

「この展開、この点差、この打順、バッテリーの心理状態を考えると、次のボールはフォークの可能性が高い。だから、次のボールで走る」という思考の中に、バッターとの兼ね合いも出てくる。

 例えば、8回裏、1対0でベイスターズリード。二死一塁でランナーが梶谷、バッターが筒香だったとする。筒香には長打が期待できるため、梶谷は無理して走らなくても、得点は期待できる。終盤で1点ビハインドのバッテリーは当然、「長打だけはNG」の配球で組み立てる。ここで仮に梶谷が盗塁を成功させると一塁が空くため、筒香は勝負を避けられる可能性が高い。しかし、その後のロペスがそれまでに3安打を打っていたとしたら、バッテリーとしては筒香で勝負したくなる。筒香を歩かせて、さらにロペスまで歩かせて満塁で宮﨑と勝負することもできる(終盤の1点の攻防というのは、それくらいに繊細)。塁上の梶谷は、そこまで考える。

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 無論、筒香は梶谷が走るのを待っている(長打NGの配球のため、シングルヒットでは点数が入らないため。そして、狭い横浜スタジアムでは、長打でも一塁から帰ってこれない場合が多い)。梶谷は配球を読んで走りたいが、筒香に自由に打ってもらうため、少なくとも2球以内に盗塁を決めたい(仮に4球目になると、カウントは2―2になっている可能性が高い。それまで待つバッターの筒香にとってはタフ)。バッテリーも、当然そのこと(2球以内に走ってくること)は分かっているので、ランナーへの警戒もMAXになる。

 そんなそれぞれの意図を乗り越えて、梶谷はスタートを切る(だから、スタートを切るのはとても勇気がいる)。「打てる」と判断しても、筒香は見送る(筒香はそういう男。だから、すごい)。キャッチャーは想定通り走ってきた梶谷をアウトにするため、セカンドにボールを転送する。そこをかいくぐって盗塁を成功させる。球場は大歓声。筒香は手袋を締め直して呼吸を整える。梶谷はすぐに外野の守備位置と肩の強さを確認し、ホームベースまでの最短ルートを頭の中で塁間に描く。いよいよ、勝負の時。そのころ、ブルペンはロペスに合わせて右ピッチャーが急ピッチで肩を作っているはずだ。バッテリーはギリギリの勝負に出て、カウントが悪くなると勝負を避ける。フォアボールになったら、ロペスのところでピッチャーは交代。ネクストバッターのロペスも当然そのことを考えて、筒香が一塁に歩いたら、自分へは誰を当ててくるだろうか? と考えながら準備をする。

 そして、筒香はヒットを打つ。梶谷が還ってくる。山﨑康が、9回のマウンドに向けて最終調整を始める。

梶谷がスタートを切るまでに考えていることはたくさんある

 毎度毎度期待に応える筒香のすごさはここでは一旦置いておいて(この話だけで1年くらい書きたいくらいだが)、「盗塁」という作戦の奥深さが少しでも共有できたなら、今日からプロ野球の見方が少し変わるはずだ。

「ストレート、ストレートときたから、次あたり変化球だね。だとしたら、次、桑原走るんじゃない?」

「この展開なら、神里は走らずに一塁にいた方がバッテリーは嫌だろうね」

 なんて会話ができると、野球観戦者としては非常にオシャレである。

(盗塁という作戦がセイバーメトリクス上重要視されていないのは、あくまでデータ上の話。第3回WBC台湾戦、9回表二死からの鳥谷選手の盗塁を覚えているだろうか? あの盗塁は、難しいセイバーメトリクスの計算を超越して、国民の幸福度を20ポイントくらい高めたんじゃないかと思う。阪神ファンの血圧はそれどころじゃなかったかもしれない。盗塁という作戦はしばしば球場の雰囲気を丸ごと変えてしまうパワーを持つ、ロマン溢れる作戦である)

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