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保阪 正康
2016/09/27

素朴に“語らせる”ことで生まれた重い「評伝」

『堤清二 罪と業 最後の「告白」』 (児玉博 著)

source : 週刊文春 2016年9月22日号

genre : エンタメ, 読書

本書を読み進むうちに、あることに気づく。著者はあの堤清二によくここまで信頼されて、その心理の綾まで聞きだしたなという驚きである。私は、堤を団長とする訪中団(五人)の一人として、一週間余行動を共にしたことがあった。とにかく書物を離さない人であったが、会話は常に理性的であり、ときに不快な事実を語るときは極端に感情的になることがあった。

 本書は七章に分かれているが、堤が父・康次郎、義弟・義明について、あるいは自らの家族(母・操と妹・邦子)、そして自らの来し方の中で父とはどのような相克があったのか、死が近づいている年齢のときにあますところなく語った。堤は操の思い出を語る折りに、著者の前で泣いたのである。著者の描写は飾りがないだけに心が打たれる。

「目から涙が溢れた。清二は泣いていた。静かに声も立てずに泣いていた。八十五歳の“子供”は流れる涙を拭うこともなかった」

 この一節にふれたとき、本書の副題にある〈最後の「告白」〉というのはまさに本物だったとわかる。いうまでもなく堤康次郎の事業家としての才能、政治的嗅覚の確かさ、神経質なまでの周辺への目配りなどは異様というべき面がある。それに女性をまるで道具のように扱う性的征服者、血脈への歪んだと思える家父長的態度、こうした父がどれほど多くの人を泣かせてきたか、著者はそのことを「堤清二」に語り続けさせる。著者はときに辻井喬(詩人・作家)の作品にふれながら、この人物の心理の外堀を丹念に埋めていく。とくに「堤清二」の人生がどのようなものだったか、その振幅の激しさを素朴に語らせることで、この作品は重い「評伝」になっているといえようか。

 自らを振り回した父、宿命的な義明との対立をなぞりつつ、文中には「父に愛されていたのは、私なんです」という一言がある。その瞳にただよう感情の一端を、著者はよく見抜いたと思う。

こだまひろし/1959年大分県生まれ。早稲田大学卒業後、フリーランスとして活動。2016年、本書の元になった雑誌連載で、第47回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。著書に『“教祖”降臨 楽天・三木谷浩史の真実』など。

ほさかまさやす/1939年北海道生まれ。ノンフィクション作家・評論家。昭和史研究の第一人者。『瀬島龍三』『秩父宮』など著書多数。

堤清二 罪と業 最後の「告白」

児玉 博(著)

文藝春秋
2016年7月27日 発売

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