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縄文時代の造形は、類似のものがないオリジナリティの極みだった

アートな土曜日

2018/07/07

 日本列島に暮らす人の創造性が、最も伸びやかに発揮されたのはいつだったか。

 そんなの、縄文時代に決まっている。

 観ればきっとそう断言したくなる展示が、東京国立博物館平成館での「縄文―1万年の美の鼓動」展。

遮光器土偶 東京国立博物館

オリジナルな、あまりにオリジナルな造形

 日本史の授業では最初のほうでさらりと触れられておしまい。記憶に残りづらいので、改めて縄文時代とはいつごろかと問えば、およそ1万3千年前から1万年ほど続く期間のことだ。太平の世と謳われた江戸時代だって約250年であることを考えれば、時代区分としてはやたらボリュームがある。

 縄文時代の日本列島は温暖な気候に包まれていたようで、現在の環境とかなり近しいそう。豊かな自然に囲まれて、人は狩猟や漁、植物採集をしながら暮らしていた。

 彼らが造形を暮らしの一部にしていたことは、各地で発掘される遺物から知れる。驚くべきはその独創性。力強いかたち、大胆なデザイン、発想の豊かさをあわせ持った表現がゴロゴロと存在する。今展には、そうした縄文造形の最良の例が、日本各地から集められている。

火焔型土器 新潟・十日町(十日町市博物館保管)

 熾した火が燃え盛った瞬間をとどめんとしたかのような《火焔型土器》。奇天烈な仮面姿のようにも思えるし、またはこういう生命体が当時は闊歩していたんじゃないかとも想像させる《土偶 仮面の女神》や《ハート型土偶》。サングラス姿、もしくは生まれたばかりの赤ん坊の顔つきにも見える《遮光器土偶》。とことん自由で、あまりにも自在な発想の造形物の数々に目を見張る。

 会場を巡っていると、縄文の造形は本当に何にも似ていないと気づいて愕然とする。後世の日本はもちろんのこと、世界の他の地域のどの時代にも、類似のものなんてまったく見出せないじゃないか。これぞまさにオリジナリティの極み。

ハート形土偶

土器・土偶を介して、縄文人と語らう

 ただし考えてみれば、縄文人のつくるものが現在の私たちに思いもよらぬのは、当然といえば当然。彼らと私たちでは日々の生活や思想、世界観、すべてが丸ごと違うだろうから。

 そもそも彼らには、「美」という概念だってあったのかどうか。私たちが漠然と信じている美の体系は、せいぜい2千~3千年前に地中海文明圏において確立された思想や哲学がもとになっている。

 もっとずっと昔に生きていた縄文人が、そんな概念を知るよしもない。彼らには美という考えがなかったか、あったとしても私たちの思うものとはまったく異なっていたにちがいない。

キノコ形土製品 秋田・北秋田市教育委員会(秋田県立博物館保管)

 とはいえ、相通ずる部分がないわけじゃない。「生まれて、暮らして、死んでいく」、そんな生命のリズムだけは何万年経っても不変なはず。言葉や文化は違えども、同じ人間としてわかりあえそうな部分はあって、だからこそ「縄文の美」に酔いしれてしまったりもする。

 私たちと遠く離れた存在だからこそ、なおさら知りたいと思う。縄文の人たちはいったい何を大切に思い、どんなことに心を奪われ夢中になって、お互いどんなことを話しあっていたのだろうと。

 いまや手がかりとなるのは、彼らが残したモノだけだ。会場で、「縄文のかたち」が発するかすかな声に、ぜひ耳を傾けてみたい。

 

INFORMATION

「縄文―1万年の美の鼓動」
(情報提供:Tokyo Art Beat

2018年7月3日~9月2日

東京国立博物館平成館

http://jomon-kodo.jp/

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