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神秘の生き物に対する人間の畏怖

『ウナギと人間』 (ジェイムズ・プロセック 著/小林正佳 訳)

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 今年も土用の丑の日がまもなくやってくる。日本人が夏のスタミナ源としてウナギを食べるようになったのは江戸時代の中頃からだが、それよりはるか昔からウナギは滋養食として食べられてきた。さらに、生物としてのウナギは、神の使いや、昔話のキャラクターなど、神秘的な生物として親しまれてきた。

 しかし、それは日本に限ったことではなく、ウナギが生息する世界の各地でも同様である。

 本書『ウナギと人間』は、米国人の著述家、アーティストであるジェイムズ・プロセックが、10年以上にわたって自らの足と目と胃袋で世界各地のウナギ、ウナギ料理、ウナギの伝承、そして、ウナギにかかわる人々を取材して書き上げたノンフィクションで、科学、歴史、地勢、文化など、様々な側面からウナギを探求している。

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 そのフィールドは、米国、欧州、オセアニア、アジア、西太平洋と広範囲におよび、日本の築地市場やウナギ研究の世界的権威塚本勝巳教授も登場する。

 本書で最も大きなスペースを割いて語られるのは、世界各地に残るウナギに関する伝承、伝説である。

 特に私が強く惹かれたのは、西太平洋に浮かぶポンペイ島のくだりだ。

 高温多湿の南の島に生息するオオウナギ。それを自分たちの祖先とあがめる島民たち。ウナギを殺し食べた者は必ず死ぬといった不気味なエピソードで溢れる伝説の数々…それらは麻薬性のあるヌルヌルした飲み物を飲みながら語られる。

 まるで、この取材旅行自体も伝説の一部ではないかと錯覚するほど眩惑的だ。

 また、現在、絶滅の危機に瀕するウナギの保護が世界的に叫ばれているが、本書でも大きな問題としてとりあげられている。

 近年、日本では、ウナギに関する出版が盛んだが、外国のものは珍しく、ウナギ好き必読の書だ。また、翻訳も非常に丁寧かつ知性に溢れて、著者、訳者ともに精魂込めた労作である。

James Prosek/1975年アメリカ生まれ。19歳のときに書いたイラスト本『マス:絵による歴史』(未邦訳)が「オーデュボンの再来」と話題になり、以来自然との関わりをテーマに多数の著書を出している。

らずうぇるほそき/漫画家。1956年山形県生まれ。早稲田大学卒。『酒のほそ道』『う』など。好物は日本酒とウナギの蒲焼。

ウナギと人間

ジェイムズ プロセック(著),小林 正佳(翻訳)

築地書館
2016年5月11日 発売

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神秘の生き物に対する人間の畏怖

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