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「オリンピックおじさん」森喜朗の“生き甲斐”に、どこまで付き合えばいいのか

かつてこの人は首相であった

2018/08/04

「この暑さでやれるという確信を得ないといけない。ある意味、五輪関係者にとってはチャンスで、本当に大丈夫か、どう暑さに打ち勝つか、何の問題もなくやれたかを試すには、こんな機会はない」。東京五輪組織委員会の会長・森喜朗は、東京の気温が観測史上初めて40度を超えた先月23日、日刊スポーツのインタビューでこう述べている。

森喜朗(前列左)©AFLO

内閣支持率が「消費税(当時5%)並み」の首相だった人

 やれる確信のないまま今日まできたのもなかなかの話であるが、森からすると「東京、暑くね?」と気づくなり、すぐさまサマータイムの導入を政府に申し入れたりしたのは、「仕事できる俺すげー」なのかもしれない。

 この森という人物はかつて首相であった。内閣支持率が「消費税(当時5%)並み」などと揶揄されるほどの不人気で、自民党内からも愛想を尽かされ、就任からわずか1年で退任に追い込まれる。

 その森が東京五輪組織委員会の会長となる経緯については、週刊新潮(2015.8.13-20号)によると「“(会長は)財界から出すのが一番いい”などと周囲に話していましたが、本心は全く違った。“自分が会長をやる”と密かに官邸に働きかけていたのです」(官邸関係者・談)とのこと。官邸の主は旧森派の安倍晋三である。後輩である手前、嫌だとも言いにくい。