文春オンライン

直木賞作家・姫野カオルコが「親指シフト」を愛用する理由は「日本語のリズム」

この道具が広く知られていないのは、日本語の危機である

2018/09/26
note

リズムは指と直結している

 日本語を書く(話す)思考と、日本語以外の言語を書く(話す)思考とは異なるし、異なるのなら、思考のリズムのようなものも異なると思うのである。

 リズムは指と直結していて、rizumuha yubi to chokketu siteite と打つのは、どうしたって、頭を苦しくさせるのではないか。

 そこで、ワープロを買ってからほどなく、日本語を書くときは、日本語入力にすることにした。

ADVERTISEMENT

 私が買ったワープロは、富士通の製品だった。たまたまだ。

 英文タイプの授業をいっしょに受けていた同級生が富士通に就職した。彼女にショールームを案内してもらい、見たりさわったりさせてもらった。

 私が月賦で買える価格のもので、当時においては1文書に保存できる文章量が群を抜いて多く、原稿用紙に書くようにタテ書きができて、しかも画面が大きいのは、OASYS30シリーズだった。それを買ったのである(ショールームではなく、後日に販売店で)。

PCに接続された親指シフトのキーボード。一般的なJISキーボードではスペースバーがある位置に、「親指左」と「親指右」のキーが配置されている ©文藝春秋

英文タイプをおぼえるより、ずっと簡単だった

 当時のワープロキーボードの配列には3種類あった。

(1) 5列あいうえお順に日本語キーを並べたもの

(2) 4列に日本語キーを並べたもの

(3) 3列に日本語キーを並べたもの

 この3つだ。

 うち(3)が、富士通が独自に開発した「親指シフト」という配列である。

 日本語入力にするなら、(1)以外は(2)も(3)も、キーの配置をおぼえないとならない。

 私はたまたま富士通のワープロを買ったから、(3)の「親指シフト」をおぼえた。英文タイプをおぼえるより、ずっと簡単だった。

 初期画面に「練習」という項目があり、それを選ぶと、画面の練習文を打つようになっていたのである。

 難易度が何段階かあり、はじめはごく短い文章で、徐々に、長かったりカタカナや記号がまじったりする文になる。

 日本にスポーツとしてのスキーが広まってゆく経緯や、芥川賞と直木賞の違いについてなど、なかなか興味深い練習文を打つのだが、まちがうと「ミスタッチ!」と表示が出るのである。ゲーム感覚で練習できた。

3列しかないので、すすすっと指が動かせる

 たのしい練習で、たんに配列をおぼえるだけなら3日。そこそこブラインドタッチできるようになるのに5日。10日もすれば、すらすら打てるようになった。

親指シフト配列のキーボード ©文藝春秋

 練習ソフトがよくできていただけでなく、「親指シフト」配列は、日本語でよく使う文字を、指が打ちやすいところに配置してあり、しかも3列しかないので、すすすっと指が動かせる。

 練習している3日間のうちに(つまり、まだ親指シフトに慣れていないころに)、知人の家で、4列に日本語キーが並んだワープロを使わせてもらったのだが、4列なので、当然3列よりも手を大きく動かす必要があり、スピードは、必然的に遅くなった。

「親指シフト」は速く打てるのである。ものすごく。