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正義の人 ベイスターズ・須田幸太の“あの日のCS”

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/10/13
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正義は勝つ。しかし、それと引き換えに……

 早稲田では斎藤佑樹投手の2年先輩だった須田幸太。JFE東日本からドラフト1位でベイスターズに来て、でも先発としてはなかなか結果を出せなかった。ロングリリーフに回ってから、須田は救世主となる。来る日も来る日も、バースデーケーキのろうそくみたいに塁が埋まった状態でマウンドに立つ。打たれたらおしまいの場面で、須田は真ん中にズドンとストレートを投げ込んで、ろうそくの炎を消すのだ。砂煙の中にアウトコールを確認すると、ジリジリとしていた観客たちは一斉に声を上げ拍手を送った。こりすのような優しい顔の須田がガッツポーズを決めると、心の奥底にわだかまっていた小さな正義感がふわっと昇華していくのがわかった。

「須田が抑えた場面見ると、なんか元気が出るんだよな」と友だちがよく言っていた。そう、正しい人が、正しい場所で、ちゃんと活躍してくれている喜び。私たちが野球選手に抱くそんな希望を、須田は一心に背負っている選手だと思った。7回表のハマスタに『GUTS!』が流れ、みんながナーナー言って、先発だった須田を知ってる人も、リリーフの須田しか知らない人も、みんな一緒になって須田がろうそくを吹き消す瞬間に拍手を送る。世界は間違ってなかった、正義は勝つって、安心した。

 9月24日の巨人戦で肉離れを起こして、CS直前で登録を抹消された。2016年は、須田の年だったのに。62試合に登板して、5勝3敗23ホールド。須田がいなければCSにも出れなかったし、須田がいなければCSで勝てないことは明白だった。私がマツダスタジアムに行った10月14日に、須田は再び一軍登録された。うれしい気持ちと、不安な気持ちが頭の中を駆け巡っていた。そして須田が初めて立ったCSのマウンドも、やっぱりろうそくがたくさん立ったバースデーケーキだった。

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 治ってるわけないであろう肉離れを抱えて、須田は新井選手に全球ストレートで勝負する。一塁線にふらふらと上がったフライに、ライトの選手が飛び込んでいった。フェンスにぶつかって、しばらく動けないでいる。それは骨折しながら出場していた梶谷だった。なんかもう、見ていられなかった。正気でいられなかった。叫びたいような、心が暴れてしょうがなかった。ベイスターズは、代わりのいないチームだ。そんな当たり前の事実をただ目の当たりにした。正義は勝つ、勝つけど、それと引き換えに、大事なものを失ってるんじゃないかって、とてつもなく怖くなった。

梶谷隆幸の肩をポンと叩く須田幸太

あの日のCSは、まだ「あの頃」ではない

 2018年10月。DeNAから発表された構想外選手のリストに、須田の名前があった。ゴメスと加賀は引退を決め、ハマスタで盛大にセレモニーが行われた。須田の今後についてはまだ明らかにはなっていない。

 私の中の小さな正義感は……時に都合のいいストーリーに選手を引っ張ってしまう。先発から中継ぎに転向し、初のCS出場に貢献し、自身の怪我を押してまで投げて、しかしその後あのストレートのキレが戻ることはなかった……でも私はあなたを忘れない、みたいな。罪悪感から逃れるために、あなたのプロ野球人生はよかったんだって、そう自分に言い聞かせたいがために。もちろん本人しかわからないことだけど、須田はそのストーリーを選ぶつもりはないんだろうなと思った。あのCSでの登板を美談にするつもりはないんだ。須田にとってあの日のCSは、まだ「あの頃」ではないって。

 人生の放物線が一番大きな弧を描く時を、大体の人は実感できぬまま過ごしてしまう。でも私たちもまた有限の中で生きていることを、いつだって教えてくれるのは選手だ。なんとなくだけど、今私の人生は7回表くらいな気がする。だとしたらあのナーナーを思い出して、目の前にそびえ立つろうそくの炎を自分で吹き消さないといけないな。須田幸太、私の中の正義の人。ベイスターズにきてくれて、本当にありがとうございました。

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