京都大学高等研究院の本庶佑特別教授がノーベル賞を獲ったことで、がんの「免疫療法」に注目が集まり、ネットでもものすごい数のニュースや解説記事が流されました。

「まゆつばの免疫療法」にご用心

 その多くが、本庶教授の発見をもとに開発された免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ(一般名・ニボルマブ)」の仕組みを解説したり、効果を絶賛したりする内容でした。この薬によって、皮膚がんや肺がんをはじめ多くのがん患者の命が救われたのは確かです。

笑顔で会見に応じる本庶佑京都大学特別教授 ©時事通信社

 ところが、しばらくすると今度は、「この薬が万人に効果があるわけではなく、命に関わる副作用もあるので、がん専門医のもとで適正に使用してほしい」と注意を促す記事を見るようになりました。

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 さらに、がんの免疫療法といっても、「免疫チェックポイント阻害薬のように効果のあるものだけでなく、効果の定かでない『怪しい治療』もあるので注意してほしい」と警鐘を鳴らす記事も出るようになりました。

 なぜ、後になって過熱する患者の期待にブレーキをかけるような報道がされるようになったのでしょうか。それは免疫チェックポイント阻害薬が不適切に乱用されたり、「ほんものの免疫療法」と「まゆつばの免疫療法」が一緒くたにされたりしては大問題という、がん専門医の危機感があるからです。

 実際、免疫チェックポイント阻害薬が登場するまで、がん医療の現場では免疫療法は「まゆつばもの」と見られてきました。がん専門医の危機感を理解するには、その歴史を知る必要があるでしょう。

当時の治験はいい加減だった

 実は、人間に備わった免疫の仕組みを利用して、がん細胞を叩こうとする発想は、かなり前からありました。古くは1970年代に登場したクレスチン、レンチナン、ピシバニールなど「免疫賦活剤」と呼ばれた薬です。クレスチンはサルノコシカケ科のカワラタケ、レンチナンはシイタケ、ピシバニールは溶連菌が原料でした。これらを投与すれば患者の免疫が活性化されて、がん細胞を叩くことができると考えられていたのです。

 しかし、がんの専門医によると、これらの薬が承認された当時の治験(国から医薬品の販売許可を得るために行われる臨床試験)は、データの取り方や解析の方法が非常にいい加減だったそうです。クレスチンに至っては、胃がんの術後に投与すると生存率が向上するという国内で行われた臨床試験のデータの扱いに誤りがあることがわかり、実際には生存率が向上しないことも明らかになりました。