昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「若い女性を追いかけた末にフィリピンで困窮」は自己責任か?

フィリピンの取材現場から考える

2018/11/02

「女性を追いかけてフィリピンへ行き、帰るお金がなくなった人に税金を貸しましたという説明をした時に、それで果たして国民に納得してもらえるのか」

 海外で経済的に厳しい状況に立たされた、「困窮邦人」と呼ばれる男たちの取材をしている時に、外務省の担当者が口にした言葉だ。

途方に暮れて路上生活する者もいる

 私が住んでいたフィリピンには、困窮邦人が大使館に援護を求めて駆け込むケースが、全在外公館でもっとも多い。2015年の邦人援護統計によると、フィリピンの在外公館に駆け込んだ困窮邦人は130人で、2位のタイ(29人)を大きく引き離して断トツ。10年以上、この傾向は変わっていない。

筆者が取材した60代の困窮邦人は、3畳一間の長屋で、内縁のフィリピン人妻と生活していた

 大半は中高年の男性で、女性絡みでフィリピンへ飛んだケースがほとんど。日本の親族とも長年音信不通なため、送金を願い出ても拒否され、途方に暮れて路上生活する者もいる。その際、最終手段として、国が税金で帰国などにかかる費用を貸し付ける「国援法」と呼ばれる法律がある。その適用基準を尋ねた時の、外務省の返答が冒頭である。担当者はこう続けた。

「ご自身の意向でフィリピンに渡航し、今帰らないと日本への帰国費用がなくなるというのはご自身が一番分かっているはず。それを踏み越えてまで滞在する決心をするのもご自身。いずれにしても、帰国費用や生活費がなくなるのを承知の上で滞在を続け、困ったから何とかしてくれと言われても『はい分かりました』とはなりにくいわけです」

「そんなの自業自得だろ!」という反応

 いわゆる自己責任論である。つまり、己の責任に基づいて海外へ渡った日本人を救うために、国はどこまで義務を追う必要があるのか。それが、数十歳も年下の若いフィリピン人女性を追いかけた末に無一文になった、いい年をした大人の援護案件だったとしたら――。

「そんなの自業自得だろ!」

 という反応が、私が取材を通じて得た大方の感触だ。

 では、シリアで拘束され、3年4カ月ぶりに解放されて先日帰国したジャーナリスト、安田純平氏についてはどうだろうか。困窮邦人が女性を追い掛けるという目的が低俗で、安田氏は「報道」という大義名分があるから危険地帯に入っても許されるのだろうか。