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佐久間良子が初めて明かす 平幹二朗が家族と過ごした最後の晩餐

genre : エンタメ, 芸能

 

「倒れる前日の晩には、長女と岳大、孫と食事をしていました。産まれたばかりの娘の子に初めてミルクを飲ませるなどご機嫌で、ワインを六本も開けて楽しい時間を過ごしていたそうです」

 女優の佐久間良子さん(77)が、昨年十月に急逝した俳優の元夫・平幹二朗さんへの思いを語った。佐久間さんが女優としての半生を振り返った『文藝春秋』2月号の特集「大女優9人が語る昭和の映画」のインタビューの中で明らかにした。

 怒涛の映画出演が続いた二十代から、演技派として評価され舞台にも挑戦し始めた三十代へと話が及び、平さんの名前が自然と口に出た。

「平さんは、本当に素晴らしい役者でした。そして演技だけではなく、人間としても折り目正しく、丁寧な人だったと思います」

 佐久間さんと平さんは昭和45年に結婚。男女の双子に恵まれたが、昭和59年に二人揃って記者会見を開いた上で離婚した。その後、プライベートでのつきあいはなかったが、役者としては共演していた。それが、平成16年の舞台『鹿鳴館』だ。

「普通なら前の夫と仕事をするのは嫌かもしれませんが、私は役者として平さんを尊敬していたので、『相手に不足はない』とお引き受けしました。女優として俳優・平幹二朗に挑戦したいという気持ちでした」

 平さんが亡くなる前日の様子を、俳優として活躍する長男の平岳大さんから聞いていたのが冒頭の様子だ。

「(食事の)翌日、事務所が平さんに電話したら出なかったので、岳大が一人暮らしの自宅に駆けつけるとお風呂場で倒れていた。倒れた時もワインを持ってたそうですから、子供や孫と晩餐を楽しみ、その余韻にひたりながら亡くなられたのではないでしょうか。私が駆けつけた時も、安らかなお顔をしていました。

 葬儀のとき、平さんを『遠くて近く、近くて遠い人』と表現したのですが、私たちは別れても、決してお互いを恨んだりしませんでした」

 インタビューでは、デビュー前から「西武線のマドンナ」と呼ばれていた逸話、鶴田浩二さんと共演した『人生劇場 飛車角』の過酷な撮影、代表作となった『五番町夕霧楼』での尊敬する監督との出会いなどについて、詳細に語っている。


この記事の全文は「文藝春秋」2017年2月号でご覧ください。

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