まだまだ寒さが続いているが、球春の足音は確実に近づいている。それと同時に赤道の反対側、オーストラリアではプロ野球の大詰め、ポストシーズンが今まさに行われている。
とは言え、それがスポーツニュースで大きく報じられることはない。この国でスポーツと言えば、オージールールのフットボールやラグビー、サッカーにテニス、それにクリケットというのがメジャーどころで、プロ野球の存在はあまり知られていないのだ。「プロ野球」と言っても、それを取り巻く環境やその風景は、世界有数のパワーハウスである日本のそれとはまったく違う。
兼業が当たり前、野球は「アルバイト」
オーストラリアのプロ野球、ABLは週末4連戦が基本だ。ビジターゲームの遠征は、各都市1回ずつのみ。同地区の3球団と他地区の2球団の計5回のビジターゲームと、同じく同地区3球団にビジターゲームで遠征しなかった他地区球団2つを迎えて行うホームゲーム20試合の計40試合がレギュラーシーズンだ。そうやって遠征費を極力抑えている。
1試合の観客が1000を超えることはなかなかない。そういう状況だから、各球団には当然のごとく金がないのだ。例えて言えば、日本の独立リーグみたいな感じである。日本の独立リーグはまだ恵まれていて、10万円からトップ選手だと40万円という月給をもらっているが、ABLでは5万円から7万円ほど。シーズンは最大4か月弱だから「年俸」は30万円にも満たない。これでは食っていけない。だから日本の独立リーガーたちがシーズン中は野球に専念するのに対し、オージーの選手たちは、平日は別の仕事をしている。
ちなみに好景気に沸くオーストラリア。物価も高いが給料も高い。ある選手などは、チームのスポンサー企業でセールスマンをしているが、その給料が4〜50万円という。
しかしこれがオーストラリア野球の悩みで、スカウトのお眼鏡にかかってメジャー球団と契約して海を渡っても、多くの選手は、25歳を超えると、見切りをつけて帰ってきてしまうのだ。薄給のマイナーでプレーを続けるより、母国でサラリーマンをしながら夏の一時期だけプロ野球選手としてプレーを続ける方が賢いというわけだ。そういう状態なので、ナショナルチームもなかなか一皮むけない。
ちなみに日本のプロ野球から参加する選手たちは基本ABLではギャラはない。彼らは、日本の所属球団から、それこそオージーたちがよだれをたらすくらいの高給をもらっているのだから、それも仕方ないだろう。
どこか緩さが漂うフィールド
そういう「セミプロ状態」なので、フィールドもどこかのんびりしている。試合前の練習でも選手たちはリラックスそのもので、気軽に取材にも応じてくれる。取材制限もとくになく、いつの間にか試合開始となり、慌ててフィールドから退散することもしょっちゅうだ。
先日、日本の高校野球で、見逃し三振に倒れた選手が、指導者に殴打されたというニュースが流れたが、そんなことはここではあり得ない。「真摯」「真面目」などは日本人の美徳であるとされるが、とかく日本人は何に対しても真剣に向き合いすぎるきらいがある。その真剣さが時としてエキセントリックな行動に現れるのだが、オージーたちはとにかくプレーを楽しむ。
「もう日本には帰りたくないですね。こっちの方がよっぽどいいですよ」
ここだけの話、海外でプレーした野球選手の多くがこのセリフを口にする。日本と違い、海外ではプレーを楽しめるらしいのだ。
ここではとにかく練習時間も短い。選手たちが球場に来るのは、試合開始2時間前ほど。それでも早いくらいだ。ベテランのリリーフなどになると、ホームゲームだと、試合開始直前にふらっとやってきたりする。日本人選手が早々に球場入りして長々とアップなどやっていると、「あいつら何やってんだ?」と不思議がられるという。「なにしろ、日本でのアップの時間がこっちでの総練習時間です」と驚く選手もいるくらいだ。
そんな緩さに誘われて海を渡って現役復帰したのが、台湾プロ野球で10年のキャリアをもつチェン・クァンジェンだ。名門兄弟エレファンツで主力を務めていたこともある彼は、一旦引退した後、縁あって加入したABLの虜となり、この冬もアデレード・バイトで2度目のシーズンを送った。
「もう台湾では引退したんだけど、こっちの野球にハマったんだ。異文化体験ってやつだね。台湾では指導者は偉そうだし、練習もやたら長かった。日本もそうだろ?」
36歳になる彼は、台湾での現役復帰は考えていないという。アジアのプロリーグの第一線でプレーしたくらいの実力があれば、シーズンの短いABLでは十分に力を発揮できる。台湾人ベテランはオーストラリアで見つけたもうひとつの野球で、最後のひと花を咲かせようとしている。
ただ、断っておくが、この一見すると漂っている緩さは、彼らが野球に真剣に向き合っていないことを示しているわけではない。チェンのチームメイトである、社会人野球の名門、ホンダから派遣されてきた選手たちは、こう口をそろえる。
「練習時間は短いですが、中身は濃いし、各メニューの感覚も短いです。それに、彼らの全力プレーには感心させられます。どんな凡ゴロでも、みんな全力疾走。プロだからそこまでしないのかと思っていましたが、みんな手を抜かない。とにかくプレー中の勝負に欠ける手中力はすごいです」