テロリストとヤクザ——背中合わせの両者が抱えた「歴史の妖気」

仁義なきヤクザ映画史 第8回

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「一人一殺」——中島貞夫『日本暗殺秘録』(1969)

ヤクザ映画とテロリズム映画

 1969年、任侠映画の全盛時、東映はテロリズムをテーマに『日本暗殺秘録』(中島貞夫監督)を製作した。幕末の「桜田門外の変」での大老井伊直弼暗殺から昭和戦前の血盟団事件での井上準之助元蔵相暗殺を経て、二・二六事件に至る日本近現代史におけるテロリストの内面に迫ろうとした映画である。この作品は当時、ヒットしたばかりか、のちに「一水会」を創設する鈴木邦男を始めとする行動主義の新右翼活動家にとってのバイブルとなった。

 また、『沈黙の艦隊』(88~96年)や『ジパング』(2000~09年)の作者として知られる漫画家のかわぐちかいじをインスパイアし、『テロルの系譜 日本暗殺史』(75年)や『黒旗水滸伝 大正地獄篇』(75年、ルポライター竹中労との共作)といったテロリストやアナキストが登場する漫画を描かせた。

 なぜ新左翼運動の興隆期である69年に右翼的なテロリズムが主題に迫(せ)り上がり、これを大衆が支持し、この映画が政治史、文化史的に大きな波紋を巻き起こしたのか――。その背景を明らかにし、ヤクザ映画とテロリズム映画の背中合わせの関係性とその相違点を論じたい。

テロリズム映画の先駆

『テロルと映画 スペクタクルとしての暴力』(2015年)で四方田犬彦は、日本映画がその黎明期から「忠臣蔵」と「新撰組」という2つの物語でテロ行為を美化礼賛する一方、『日本暗殺秘録』、『煉獄エロイカ』(70年、吉田喜重監督)、『天使の恍惚』(72年、若松孝二監督)、『竜馬暗殺』(74年、黒木和雄監督)といった「テロリズムに関し、きわめて先鋭的な想像力を発揮し、いくつかの注目すべき作品を遺している」と書く。これらのテロリズム映画の先駆は、60年安保闘争後に工藤栄一監督によって撮られた傑作時代劇、『十三人の刺客』(63年)、『大殺陣』(64年)、『十一人の侍』(67年)の3部作である。いずれもモノクロの映像で、恐怖政治を行なう暴君を決死の覚悟で暗殺する無名無告の下層武士が描かれた。この3本の映画を企画したのが、昭和恐慌で経営が破綻した「東京渡邊銀行」の一族で、当時東映京都撮影所の企画部の懐刀の渡邊達人だった。博覧強記の渡邊は、古今東西のテロリズムから集団抗争時代劇を発想し、脚本家の池上金男(のちの小説家・池宮彰一郎)にアイデアを授けた。

「第一次世界大戦のきっかけとなった、ボスニアの州都サラエボにおけるオーストリア・ハンガリー帝国の大公夫妻暗殺事件の特徴を参考にして脚本を作れと指示した。その特徴とは往路に襲撃に失敗したものを、帰路で暗殺に成功する点を生かしたことにあった」(渡邊著『娯楽映画の骨法 東映を創った2人の男』、14年、私家版)

 3部作はしだいにテロリストの視点となり、キャメラはほとんど手持ちで、死闘をニューズフィルムのように撮り、泥がキャメラに跳ね返った。『大殺陣』のラストではテロリスト(平幹二朗)の殺意をかき立てるように、工藤栄一が60年の日米安保闘争のときに録音したデモ隊の声が大音量で流される。

 3部作の結末はともに、一人の権力者を倒すために死屍累々の光景が広がり、テロは幕府により隠蔽され、白日夢のような映像とともにテロリズムの徒労感と虚無感が醸し出される。それは、60年安保敗退と浅沼稲次郎社会党委員長暗殺事件を経た時代の索漠たる空気と通底していたが、武士が暗殺のために殲滅させられるテロリズム時代劇より、ヤクザが共同体と一体化する高揚感とともに殴りこむ任俠映画を大衆が支持したことはすでに述べた。

 68年には石原裕次郎が首相を暗殺に行くテロリストを演じた、日活映画の『昭和のいのち』(舛田利雄監督)が公開される。

 “明治100年”に当たる68年は、映画や演劇で「赤報隊」など日本近代史において忘れ去られた事件が再検証されたが、脚本家の池上金男と舛田利雄は「血盟団事件」(32年2月)を日本映画で初めて取り上げた。この事件は、昭和初期、中小零細企業が没落し、労働者が困窮し、農村が飢餓に見舞われることに義憤を覚えた青年将校たちが、「君側の奸」(天皇を意のままに動かし悪政を行なう政治家や財界人)を暗殺し、天皇親政を目指した「五・一五事件」(32年)、「二・二六事件」(36年)などの国家改造運動の先駆けであり、日蓮主義のファシズム活動家・井上日召に帰依する青年たちが、首相を筆頭とする政府の重臣や五大財閥の代表者の暗殺を計画し、実際に井上準之助元蔵相と団琢磨三井合名会社理事長を射殺し、ときの特権階級をふるえあがらせた。

「一人一殺」の血盟団

 映画の冒頭は仄暗い寺の本堂。井上日召をモデルにした沢井誠(佐藤慶)に「一人一殺(いちにんいっさつ)」のテロリズムの要諦を説かれた小沼正(おぬましょう)(郷暎治)は井上準之助を暗殺し、菱沼五郎(谷村昌彦)は団琢磨を暗殺する。首相暗殺を命じられた日下真介(石原裕次郎)は2人に続こうと、短刀を片手に犬養毅がモデルの草薙剛首相(島田正吾)のいる官邸に土足で乗りこむ。日下のモデルは森憲二と思われる。森は京都帝国大学を出たあと血盟団に加わり、若槻禮次郎首相暗殺を命じられたものの、演説会場で何度も若槻を目の前にしながら決行できず、のちに暗殺未遂で検挙された。

 草薙首相に刃を向けた日下は、草薙の悠揚迫らざる貫禄と、日下のインテリゆえの繊細さからか、それとも首相のかたわらにいた耳が聞こえない孫娘が無邪気に紙飛行機を飛ばす姿を見たからか、とたんに殺意が消え失せる。

 テロリストが無辜の子供に出会い決行を思い留まる展開は、ロープシン(ボリス・サヴィンコフ)の自伝的小説『テロリスト群像』(28年)に先例がある。帝政ロシアの圧政下、テロリストが恐怖政治の元凶である大公を暗殺するため馬車に爆弾を投げようとした瞬間、幼い甥と姪が同乗しているのを目に留め、爆弾を投げられないというエピソードだ。

 アルベール・カミュはこの逸話に基づいて戯曲『正義の人々』(49年)を書き、大公の庇護を受けている甥と姪も殺すべきだったのか、それとも実行犯のように殺さない選択が正しかったのかを、テロリストたちに議論させた。

 日下は暗殺に失敗したあとテキ屋になる。首相はこのあと史実通り五・一五事件で、襲撃した海軍中尉らに対して「まあ待て。話せば分かる」と言うものの、「問答無用」と銃撃される。60年代にはテロリズムを肯定的に描く映画が製作されたが、それらとは異なり、『昭和のいのち』はテロリズムと人間主義のギリギリのせめぎ合いを歴史の中に見据えた映画と言える。

小沼正(左)
 
血盟団事件の実行犯小沼正

岡田所長の思いつき

 翌年製作された『日本暗殺秘録』は当初、ドキュメンタリーとして構想された。東映は60年代末から、『にっぽん’69 セックス猟奇地帯』(69年、中島貞夫監督)、『セックスドキュメント 性倒錯の世界』(71年、中島貞夫監督)などの低予算のドキュメンタリーを任侠映画の併映作として製作したが、『セックス猟奇地帯』(併映は『不良番長 猪の鹿お蝶』[野田幸男監督])がヒットしたことから、当時東映京都所長だった岡田茂は、続けてテロリズムをドキュメンタリーで描こうとする。

 脚本を依頼された笠原和夫は、岡田がこの企画を思いついた理由を、「東大安田講堂事件など反体制の新左翼運動が激化していた時勢に便乗しようとしたのか、あるいはテロリストもやくざと同様のアウトローだから、おなじ路線の商品だと割りきっていたのか」と自著の『破滅の美学 ヤクザ映画への鎮魂曲』(97年)で憶測する。

 69年、笠原和夫は企画を具体化するため、プロデューサーの天尾完次、監督の中島貞夫とともに、赤尾敏(大日本愛国党総裁)を訪ねる。60年に浅沼稲次郎を暗殺したあと獄中で自殺した山口二矢(おとや)を描くため、山口が決行の2日前に訪れた赤尾を取材したのだ。しかし、天尾、笠原、中島はこのとき、赤尾から新たな証言を得られず、山口二矢を描くことを断念する。

 そこで笠原と中島は「桜田門外の変」を引き起こしたのが水戸浪士だったことや、「天狗党」の人々の出身地が水戸だったため、そこがテロリストの温床ではないかと狙いを定め、茨城に赴いた。

 そんな折り、中島は東映社長・大川博に呼び出され、『セックス猟奇地帯』が低予算でありながらヒットしたことから金一封をもらい、そして構想中の企画を訊かれる。中島が『日本暗殺秘録』のことを話すと、どういう風の吹き回しか、大川は次の役員会の席で、本作を高倉健、鶴田浩二、藤純子らが総出演する劇映画にしようと提案した。社長の鶴の一声で、何とテロリズムを扱った低予算のドキュメンタリーがにわかにオールスターの大作に格上げされ、69年10月に全国の劇場で公開される運びとなる(併映は『不良番長 どぶ鼠作戦』[野田幸男監督])。

 笠原が構成を思いあぐねていると、またしても渡邊達人(当時企画部長)が手を差し伸べる。渡邊は『娯楽映画の骨法』で本作の経緯をこう書き記す。

「題名、企画は岡田茂所長の提案、明治大正昭和の3代に亘る有名暗殺事件を並べろとの注文、ただ並列的に並べても作品にならない。なにを中心に作品を作るか、二・二六を最後にもって来る常識を破って、私はここで脚本家笠原和夫に『血盟団』の一人一殺を暗殺の原型として推薦し、井上準之助暗殺をしとげた小沼正の調書を探し出して笠原君に渡し、これを支柱にして固めろと教えた」

ギラギラしたもの

 このとき渡邊が探し出した「小沼の調書」とは、『現代史資料 5 国家主義運動2』(64年)所収の検事宛に提出された小沼の上申書のことと思われる。『現代史資料』(みすず書房、62~80年)とは、大正から昭和戦前期にかけて起こった主要事件の史料を収録したもので、全45巻(別巻1巻)である。

 本作の製作時(69年)まで、血盟団事件の資料は、この上申書と高橋正衛(まさえ)(前掲の『現代史資料』の編集者)が聞き手となった小沼正の聞き書き「ある国家主義者の半生」が収録された『昭和思想史への証言』(68年)だけだった。血盟団のことが書かれた松本清張の『昭和史発掘』(64~71年)は、当時まだ「週刊文春」に連載中で(71年に単行本化)、五・一五事件や二・二六事件の先蹤(せんしょう)をなす血盟団事件の詳細は一般に知られていなかった。

 さっそく笠原は中島とともに小沼正(当時57歳)に会いに行く。小沼は穏やかな風貌だったが、眼光は鋭く、将棋を指すばかりで笠原と中島のほうを見ようともしなかった。2人が本気だとわかった3日目に小沼は初めて口を開き、当時出版されていなかった血盟団の公判記録を見せる。

 小沼は井上日召の血盟団に参加。「百姓が食えないといっても野垂れ死したことはない。百姓の干物は見たことがない」と放言した元蔵相井上準之助を32年に暗殺し、無期懲役を求刑されたが、40年に恩赦で仮出所。戦後は東京三田で雑誌社「業界公論社」を経営しながら、井上日召の生活を支えた(井上は67年に死去)。井上準之助の命日には墓所を掃苔し、『血盟団事件公判速記録』(67~68年、血盟団事件公判速記録刊行会)全4冊を刊行している最中であった。

 笠原は脚本の意図を、思想や政治理念を超越した「何かギラギラしたもの」、テロリストだけが持てる「殺人」と「死」の手応え、テロリストがどうして引鉄(ひきがね)を引けたかという「魔法の光輝」を描きたかったと述懐している(「シナリオ」69年11月号)。軍人でもヤクザでもなく、一般人が「歴史の妖気」に吸い寄せられるように、テロリズムにおいていかに殺人に至るのかを笠原は知りたかったのだ。

 笠原と中島は小沼に膝を詰めて問い、「ギラギラしたもの」が何だったかを聞き出そうとした。小沼はお題目(南無妙法蓮華経)を唱えることで自らを鼓舞したこと、そして、「井上日召と私は順縁で師弟となって居るが、井上準之助とは逆縁で殺者受者となった。然し如実にこの本体を見つめると、準之助とは私の心の中の準之助だ。私の心? それは大きな如来の心である」という“自己即他者即絶対”という境地に到達したことを語る。暴力に習熟していない農村青年が殺人者になるためには、宗教的な法悦と認識の支えが必要だったのだ。

「うどん、うどん、うどん」

 また、小沼は襲撃時に、演説会場に高級車で乗りつけた井上準之助を見つけたものの、どうやってピストルを撃つのか判らなくなり、背中に体当たりした弾みに引鉄を引いたこと、そして殺害したあと、やたらと腹が減って「うどん、うどん、うどん」と警官に頼んだことを2人に物語る。

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source : 文藝春秋 2022年11月号

genre : エンタメ 昭和史 芸能 映画