無頼派の作家・坂口安吾は「染太郎」に寝泊まりして、よく原稿を書いた。彼の『青春論』や『モンアサクサ』など複数の作品にこの店は登場するので、よほど居心地が良かったのだろう。
店内に入ると、熱気に包まれた。客はみな黙々とお好み焼きを焼いている。ひと際目立つ場所に、安吾の武骨な直筆で書かれたサイン色紙が飾ってある。
〈テッパンに手をつきてヤケドせざりき男もあり〉
ひどく酔った安吾が誤って熱々の鉄板に手をつき、女将が氷の塊で冷やしてあげた。その感謝を綴ったのだという。
店主お薦めの「ねぎ天豚肉」を食べた。「ハフッ」「ハフッ」と頰張っているうちに、濃厚なソースと、ねぎの香りが口の中に広がる。生地の厚みが程よく何枚でも食べたくなる。
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source : 文藝春秋 2023年10月号