昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「年をとるって好きなの。若くなりたいなんて思わない」――樹木希林が遺した生き方のエッセンス

『一切なりゆき~樹木希林のことば~』より

2019/02/04

 昨年9月に亡くなった樹木希林さん。全身をがんで蝕まれながらも、それを感じさせない自然体な生き方が共感を呼んだ。

 そして、平成を代表する名女優は、対談の語り部としても一流だった。樹木希林さんの珠玉のメッセージをまとめた『一切なりゆき~樹木希林のことば~』から、「生」と「死」にまつわる味わい深い発言を厳選して紹介する。

©2007T-obtoF.P.

「人は死ぬ」と実感できれば、しっかり生きられる 

  ゆくゆくは子供と一緒に住みます。面倒はみませんけど、面倒はみてもらいます。

 自分のためには一人のほうがむしろ気楽なんですよ。でも、うちの娘なり、婿なり、その子供たちが、私の死に際を実感として感じられる。ずっと離れて暮らしていると、あまり感じられないのですね。「人は死ぬ」と実感できれば、しっかり生きられると思う。  終了するまでに美しくなりたい、という理想はあるのですよ。ある種の執着を一切捨てた中で、地上にすぽーんといて、肩の力がすっと抜けて。存在そのものが、人が見た時にはっと息を飲むような人間になりたい。形に出てくるものではなくて、心の器量ね。

(「私の夢みる大往生」1996年9月)

夫・内田裕也ら家族との一枚

「一生にも二生にも三生にも」

 私の場合は特に生と死に関して境がないような感覚があるんですよ。死が特別違う形になるという感覚がなくて。

  お経の中に、「一生にも二生にも三生にも」という言葉があるんですね。何だ、一生じゃないんだ、また二生もあって、三生もあって、人間はいろんな試練や出来事に遇うという。だったら何も今生をここからここまでと決めずに、まあ、今生はこういう顔をして生まれて来たけど、次はまた違う姿かもしれないし、魂の着せかえ人形じゃないけど、さほど「私の最期」と考えなくてもいいなと思ったりもするんです。

(「初々しく老いて」2002年2月)