クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、この原稿を書いている1月末時点で既に日本国内での公開開始から12週目であるにもかかわらず、週ごとの国内興行収入で第3位だ。世界興収は880億円を超え、音楽家の伝記映画としては世界で最も稼いだ映画になった。クイーンに対する熱狂はとどまるところを知らない。
いかにしてクイーンやシェイクスピアは「正典」となったのか
芸術の世界で広く価値があると認められ、押さえておかなければならない古典として権威を獲得した作品を、もともとは聖書研究などで使われていた言葉を転用して「正典」(カノン、canon)と呼ぶ。
たとえば英文学なら、近世の劇作家ウィリアム・シェイクスピアの戯曲が代表的な正典だし、ロックの文脈ではクイーンがまさに正典だ。ロックに正典とか権威といった考えを持ち込むのをいやがる人もいるが、事実上クイーンはビートルズやレッド・ツェッペリンと同様、ロックの歴史を知るために必ず聴いておかなければならないバンドになっているのだから仕方がない。
正典の地位は1日でやすやすと得られるものではない。シェイクスピアやクイーンのような押しも押されもせぬ正典がその地位を確立するまでには、紆余曲折があった。そして面白いことに、このイギリスの芸術における二大巨頭については、マーケティングや受容の観点からするとちょっとばかり似たところがあるように見える。
著者はふだんシェイクスピアの受容やファン層について研究している一方、クイーンの大ファンでもある。研究者かつファンとして、このふたつの巨大な文化コンテンツを手がかりに、長続きする芸術のマーケティング戦略について考えたい。
戦略1:まずは憧れの先輩の真似をしよう
偉大なハードロックバンドにはたいてい「レッド・ツェッペリンのパクリ」と言われる段階がある。レッド・ツェッペリンよりデビューアルバムが4歳若いだけのクイーンは、その後のホワイトスネイクほど露骨にツェッペリンのフォロワー扱いされたわけではないが、それでも音楽ライターであるバーニー・ホスキンズの言葉を借りると、初期のクイーンは「ツェッペリンの代用品」みたいだった。どんなに才能があろうと、芸術家というのは最初は憧れの先輩を研究して真似るところから始める。