「安倍晋三は生まれついての戦略家である」

 イギリスのチャーチル元首相を引き合いに出しながら、米戦略国際問題研究所の上級研究員エドワード・ルトワックにこう言わしめた安倍総理は、2015年末、どのような思惑で日韓合意に臨んでいたのか。

『総理の誕生』(文藝春秋刊)の執筆者で、産経新聞政治部記者の阿比留瑠比氏が、昨年末から続く韓国・釜山の日本総領事館前に設置された慰安婦像の問題について、安倍総理の考え方や今後の行方を分析する。

ソウルの日本大使館前少女像。2016年9月。©共同通信社

慰安婦像設置に「安倍政権は甘い」との声 

 2016年末、韓国・釜山の日本総領事館前に、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を約束した日韓合意にも、公館の威厳を定めた国際法(ウィーン条約)にも違反する新たな慰安婦像が、民間団体の手で設置された。韓国政府はおろおろするばかりで、この暴挙を事実上、黙認した。

 これに対する日本政府の動きは迅速だった。官房長官の菅義偉は1月6日、駐韓国大使と駐釜山総領事を帰国させ、金融危機時にドルを融通し合う通貨交換(スワップ)協定の再開に向けた協議は中断された。経済協力を次官級で話し合う日韓ハイレベル協議も延期となった。

 2015年末の日韓合意に反発していた国内の保守派からは、予想通りこんな安倍政権批判が沸き起こった。

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「韓国に対し、あんな合意で慰安婦問題が解決できると考えた安倍政権は甘い」

「(政府が拠出した)10億円を韓国にただ取りされてしまった」

 それでは、安倍政権は日本政府が過去ずっとそうしてきたように、またもや韓国を甘やかし、韓国を信じて日韓合意を結んだのだろうか。私は全く違うと思う。

 安倍晋三は2015年末の日韓合意締結時、周囲に「これで最終決着の確証はあるのか」と問われ、こう語っていた。

「それは最後のところは分からないが、ここまでやった上で違約したら、韓国は国際社会の一員として終わる。今まで(河野談話やアジア女性基金)と違って、国際社会が注目していることだから」

国際社会が違反を見ている

 実際、日韓合意に当たって日本政府は、米国をはじめとする国際社会に、合意をただちに支持するよう働きかけていた。根拠なく慰安婦募集の強制性を認めた河野談話や、元慰安婦に償い金を支給したアジア女性基金設置の際とは異なり、米国を間にかませ、証人とした。

 テレビに映った場面で韓国外相に「最終的かつ不可逆的な解決」と言わせたほか、新たな基金も韓国政府の責任で韓国内に設ける形をとった。アジア女性基金は日本に設置したため、運営や成果について日本側が責任を負うことになったが、今回は成否はあくまで韓国側の責任になるという仕掛けである。

 安倍はこのとき、こうも語った。

「今後、私からは慰安婦の『い』も言わない。この問題については一切言わない。次の日韓首脳会談でももう触れない。これは昨日(12月28日)の(朴槿恵大統領との)電話会談でも言っておいた」

 安倍政権は、それから1年後の、日韓合意破りの釜山総領事館前の慰安婦像設置を明確に予想していたわけでも、また当然ながら望んでいたわけでもないだろう。

総理の誕生

阿比留 瑠比(著)

文藝春秋
2016年12月16日 発売

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