昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

坂崎 仁紀
2017/03/14

平日午前11時半、彼女たちは水道橋「とんがらし」を目指す

奇跡の天ぷらを待つ至福

genre : フード, グルメ

 立ち食いそば屋に最近、女性客が増えている。

 会社の嫌な上司とランチなど行きたくないし、いつものメンバーで食べに行くのも飽きている。日常に飽きた女性たちが、ある日、立ち食いそば屋へ行く。

 そんな彼女たちはどんな店を目指すのだろうか。

その時、つゆがジューっとはじける音がする

 その一つが、中央・総武線水道橋駅と地下鉄九段下駅のちょうど中間位のところにある、小さな立ち食いそば屋「とんがらし」である。創業は1997年。だいぶ高齢になった寡黙な夫婦が細々と営んでいる店だ。立ち食いそば好きなら知らない人はいない名店である。

気をつけて探さないと通り過ぎてしまう

 平日の開店は11時15分。だが、天ぷらの提供は11時半からだ。行列はその頃からできはじめる。そこに彼女たちの姿も見つけることができる。

 駅そばのようにさっさとそばを提供して、どんどん客をさばいていく店ではない。天ぷらは作り置きなどしない。注文を受けてからご主人が一人前ずつていねいに天ぷらを揚げていくのだ。

 女将さんがその揚がる時間と合わせるようにそばを湯通しして、麺上げし、つゆをはってタイミングを待つ。そしてご主人が揚げた天ぷらを載せていく。その時、つゆがジューっとはじける音がする。期待が膨らむわけだ。

店内は常に、天ぷらが揚がる音に包まれている

このアツアツの天ぷらたちを、濃いめのアツいつゆに

 多くの客は「盛り合わせ天ナス入りのそば」550円を注文する。盛り合わせ天ナス入りとは、小エビ天3つに、ナス天1/4が2つ、イカ天1枚の天ぷら盛り合わせであると短冊メニューには書いてある。しかし、それを注文すると、たいてい小エビも2つ3つ、ナス1/4が1つ増えて登場する。なんだか得した気分なのだ。

 その天ぷらの揚げ姿は、コロモは薄いがしっかりと種を纏い、きれいな揚げ色に仕上がっている。油は十分に切られており、ベタベタ感など微塵もない。

そばを食べに来たのに、ひもかわに浮気しそうになる

 このアツアツの天ぷらたちを、濃い目のアツいつゆにつけて食べて行く。

 麺は茹で麺だが、麺とつゆ、天ぷらのバランスが絶妙だ。

 夏には冷しそばやひもかわと冷たいつゆのぶっかけに、この盛り合わせ天を載せて食べるのが最高だ。

 個人的には、この盛り合わせ天ナス入りそばとナス天そば(ひもかわ)が、「とんがらし」を代表する2大メニューと考えている。

久しぶりにやって来た女性が女将さんと話をしている

 天ぷらでヤケドしそうになりながらそばを食べていると、近くの会計の専門学校に通っていたらしい女性が久しぶりにやってきて、挨拶して嬉しそうに食べている。

 また別の女性が食べに来る。そして女将さんと少しだけ話をしている。女将さんの元気な姿を見に来ているようだ。

盛り合わせ天なす入りのそば、550円。ごちそうさまでした

「とんがらし」に最初に行ったのは創業間もない1999年頃だった。その時、食べ終わって店を出た時の満足感・爽快感、女将さんの笑顔は今も鮮やかに記憶に残っている。個人的には「とんがらし」は「東京の良心」、「キセキの天ぷらを出す立ち食いそば屋」だといつも思っている。

「とんがらし」のご夫婦もだいぶご高齢になってきた。いつまで店をやっていけるのか心配だ。日本の立ち食いそば屋は、「とんかつ2020年問題」と同様に切実な問題である。

 江戸の屋台から続くこの大衆の味を、どうにかして後世に継承していってもらいたいと切に思う。彼女たちもきっとそんな「とんがらし」を応援しているに違いない。

INFORMATION

とんがらし
千代田区三崎町3-2-10 池本ビル 1F

月曜日~木曜日
11:15~15:45/17:10~19:00
金曜日
11:15~15:45
土曜日
11:20~14:20

日曜休

はてなブックマークに追加