新橋はオフィスワーカーにとっては憧れの地だ。一度は新橋にお勤めしてみたいと思う人も多いと思う。仕事を切り上げて、繁華街に颯爽と繰り出すのも羨ましすぎる光景である。

 新橋駅前には烏森口側には宝くじ売り場で有名なニュー新橋ビル、汐留側にはロータリーをはさんで新橋駅前ビルがあり、昭和時代の新橋のシンボルとして対峙している。

「三松のしいたけそばは絶品だよ」

 新橋駅前ビルは駅の連絡通路となっているため、いつもごった返している。

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 そして、夜になるとこれがまたすごい。何も知らない紳士淑女が新橋駅前ビルの地下1階に入り込めば相当びっくりすると思う。なぜなら、そこには小さい飲食店がびっしりと迷路のようにひしめき合って並んでいて、「飲み屋解放区」なのだ。毎夜ヨッパーな人たちで大賑わいである。地上1階もまたすごくて、立ち飲み・立ち食い天国と化している。

新橋駅前ビル1号館にひっそりとたたずむ「三松」

 そんな新橋駅前ビル(1号館)の1階に小さな大衆そば屋「三松」がひっそりと営業している。7席のL字カウンターで、朝7時に開店する。そして、夜、辺りが「飲み屋解放区」の喧騒の世界に突入する前に静かに閉店する。数年前までは70歳過ぎの品の良い女将さんが一人で切り盛りしていたのだが、今は若い店主にバトンが渡されている。

若め(100円)をはじめ、トッピングが豊富

「三松」に行くようになったのは、同じフロアの日本酒立ち飲み「喜楽」で知り合いになった帽子の似合う新橋の達人今井さん(48歳)に、「三松のしいたけそばは絶品だよ」と教えてもらったことがきっかけだった。それから「三松」に寄るようになった。

 以前に食べてはいたのだがそれほど印象に残っていなかった。しかも、そう言うと怒られるかもしれないが、やれた感満載な店内だ。決して綺麗で洗練された店ではない。

 ところが、この「三松」には癒しの世界がゆるく流れているのがわかってきた。

しいたけを小ライスに留学して

 午前9時半過ぎに入店し、早速、しいたけそばを注文した。「三松」は三ノ輪の旧東京球場があった近くに製麺所をかまえて営業している三松製麺の直営店である。

 製麺所の経営なので、そば、うどんの他にらーめんもあるし、冷麦もある。いろいろな麺とトッピングの組み合わせが楽しめるのも人気の一つである。

 そばは忙しくなければ生麺を茹で立てで提供してくれる。ほどなくしてしいたけそばが登場した。しっかりと甘辛く炊いたしいたけが三つとわかめが載っている。つゆをひとくち、返しがしっかりと利いたやや甘い濃い目のつゆだ。麺は製麺所だけあってのど越しが良い同割程度のそばだ。

噂のしいたけそば、390円

 しいたけを少しかじったところで、小ライスと玉子をもらって、しいたけを小ライスに留学して「しいたけ玉子かけごはん」を作ってご満悦で食べていると、店主が「面白い食べ方してますね」と声をかけてきた。

しいたけそばの応用方程式は、しいたけそば(390円)+小ライス(150円)+玉子(60円)=600円

 店主は要太郎君35歳。常連には要ちゃんとかMMT35(MMTはMimatsuの略)とか呼ばれている。その風貌はマンガのQ太郎に近い。みていると要ちゃんに気軽に話かけているお客さんがほとんどだ。

新橋駅前ビルのQちゃん

 午前中に店に行くと、近隣の有名店主も築地への仕入れの途中に立ち寄ってくる。

 烏森口の人気立ち飲み店「かねまさ」の店主、君さんも「三松」で知り合った。彼はそばも打てる和食の達人だ。そんなすごい人も、「要ちゃん、ここ夜、立ち飲みやったら? ノミ松って名前でさ」などと話しながら、ゆるゆるな時間を過ごしている。

そばの大盛りに、しそ昆布ごはん

 昼時には、同じフロアの店主も仕込み中によく顔を出す。「喜楽」のリュウさんは春菊そばに小カレーセットがお気に入り。宮崎おでんの店「三文の徳」のトクさんはそばの大盛りにしそ昆布ごはんを注文している。外人にも人気の「立ち呑み庫裏(くり)」の女性店主もきつねそばを食べに開店前にやってくる。そば屋の店主も顔を出す。

トッピングはいろどりみどり。これは春菊たまご肉そば

 夕方に行くと鍼灸師の資格の学校にかようメグミさんがひとりでゆっくりとキツネそばを食べていた。2週間に1回、近くの鍼灸院に行くのでお店に寄るそうだ。

「これから生理学の勉強しないとならないの、ああ~大変」と要ちゃんに愚痴をこぼしている。

 そして、閉店間際には、毎日ご年配のご婦人がやってくる。すると要ちゃんは暗黙の了解でらーめんを作りご婦人に提供する。すると、ニコニコしながらしみじみとらーめんを食べて静かに帰っていく。

ラーメンもある。これは春菊てんぷらラーメン

 皆ゆるく、愚痴をいったり、新橋の店舗情報などを話したりしている。穏やかな時間が流れている。「三松」はなんだか、新橋駅前ビルの深夜食堂みたいな存在なのだ。

 大衆そば屋や立ち食いそば屋は、その味の人気度だけの尺度で考えると味気ない。

 それが存在するだけで、人々を癒すチカラがあるのだということも忘れてはいけないとつくづく思うわけである。

 

※本記事掲載の新橋「三松」の店主が2019年12月12日に急逝されました。

 元寿司職人であった彼が作る天ぷらは上品で、そばつゆやラーメンスープは奥深く、狭いお店であっても多くのファンを魅了しました。

 心よりご冥福をお祈りします。あの味に会えないのかと思うと残念でなりません。

(なお2019年1月からは新橋三松は営業を再開しました。)

 

三松
港区新橋2丁目20-15 新橋駅前ビル1号館1階

平日7:00~19:00

定休日 土・日・祝日

写真=坂崎仁紀