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型破りな大河ドラマ『いだてん』を守ったのは誰だったのか

『いだてん』最終回

CDB

2019/12/14
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『いだてん』で見せた、中村勘九郎と演出家たちの仕事

 最後に、宮藤官九郎という稀有なスタイルを持つ脚本家が賛否ともに風を受ける形となりがちだが、各話の演出家たちの手腕にもふれておきたい。文藝春秋社の『NHK大河ドラマ「いだてん」完全シナリオ集』第1部第2部は、決定稿という形で宮藤官九郎の仕事を細密に収録した、きわめて資料的価値の高い書籍だ。しかし「宮藤官九郎がどこまで書いたのか」という細密な記録は同時に、「どこからが宮藤官九郎ではなく現場のスタッフと俳優たちの仕事だったのか」という記録でもある。

 あの関東大震災の夜を書いた『大地』の回で、自警団に取り囲まれ「日本人じゃないな」と問い詰められ殺されかける金栗四三の台詞を、宮藤官九郎は「熊本!わしゃ熊本だけん!」と書いている。ちがうちがう俺は日本人だ、ではなく熊本だ、と書く宮藤官九郎の価値観と繊細な感性がそこにあるのは言うまでもない。だがそのセリフをどのようなトーンで発するのかまでは宮藤官九郎の脚本では指定されていない。

 実際に放送された映像で金栗四三が怒号のように叫ぶ「熊本!」というあの声、それを恐怖の弁解や同じ日本人だという阿諛追従のトーンではなく、相容れない暴力への怒りのトーンとして描いたのは、中村勘九郎と演出が作品に残した仕事なのだ。宮藤官九郎の脚本を書かれたまま詳細に収録した完全シナリオ集は、放送された映像作品と読み比べる時、引き算による証明のように演出家と俳優たちの仕事を照らしてくれるだろう。

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『いだてん』で金栗四三を演じた中村勘九郎 ©️時事通信

『いだてん』最終回と宮藤官九郎のこれから

 この原稿を書いている時点で、『いだてん』の最終回はまだ放送されていない。でも2019年12月15日の20時に最終回が放送される時、宮藤官九郎はもう次の場所で次の物語を考え始めているのではないかと思う。

 3年前、ブラジルから中継されるリオ五輪の開会式の映像を見ながら、僕たちの中の誰がそのスタジアムの中に宮藤官九郎が取材に訪れ、ヒトラーのベルリン五輪や戦争の前に消えた幻の五輪のことを考えていると想像できただろうか。

 宮藤官九郎の次の作品は、出発点である劇場に戻り、阿部サダヲや柄本佑ら『いだてん』にも出演した俳優たちと、大人計画 ウーマンリブvol.14「もうがまんできない」(作・演出:宮藤官九郎)の公演を東京大阪で2ヶ月に及び行うことが発表されている。

「いろいろあってウーマンリブを5年も休んでしまった。5年前よりも生きにくい社会になってしまった」という宮藤官九郎のコメントを掲げるその舞台がどのような内容になるか、またその先の作品が、動画配信など、コンテンツのあり方が多様化していく社会で、どういう形式で発表されるのかはわからない。でもそれはたぶん、過去の社会のヒストリーの上に個人のストーリーを書き加え、新しくユニークで人間的なロールを描き出す物語になるのではないかと思う。彼の今までの作品が、いつの時もそうであったように。

NHK大河ドラマ「いだてん」完全シナリオ集 第2部

宮藤 官九郎

文藝春秋

2019年12月18日 発売

 

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