AI時代の日本企業に問われているのは、「捨てる」経営ができるかどうかである。
AIを活用するためには、ソフトとハードをいかに融合させるかが重要となってくる。ハードについては、もともと日本企業の得意分野であり、クローズドな組織で長年にわたり蓄積されたモノづくり技術は、なにものにも代え難い強みとなっている。
問題は、不得意分野であるソフトの部分についてだ。いっそ自社開発をやめて、世界のどこかの天才プログラマーが創造したオープンイノベーションを取り入れるのが得策だ。
海外ベンチャーのソフト技術をどんどん使う
希有な成功例として、コマツの試みが挙げられる。コムトラックス(コマツが開発した建設機械の情報を遠隔で確認するためのシステム)はロシアのベンチャーの技術をベースにしているし、チリの鉱山などで稼働している自動運転ダンプカーや、現場の地形を測定するドローンも米国のベンチャーの技術を取り入れている。
コマツはおそらく、ソフトウェアやアルゴリズムの世界には自社固有の優位性がないとわかっており、どんどん外部から買ってくればいいと考えているのだろう。
ちなみに、1990年代から起きた“インターネット・モバイル革命”における日本の敗因のひとつは、ソフトウェアの部分までハードウェアのすりあわせのノリでやってきてしまったことだ。ERP(基幹業務システム)の領域がまさにそうで、独自仕様でつくり込んでしまい、完全にガラパゴス化、いまやすっかり負の遺産となっている。
オープン&クローズドのハイブリッド経営を
では、ハードウェア型遺伝子の日本企業が、ソフトウェア型遺伝子のベンチャー企業を買収したり、ライセンスを買ったり、人材を引き抜いたり、共存するためには、どのようなことに気をつけるべきなのか。
*トップがきちんと関与する
クローズドな日本の組織文化の弊害を乗り越えるべく、トップダウンでオープンとクローズドの領域をさばくことが必要だ。たとえ自社内で頑張って同じような技術を開発している人間がいても、情にほだされてはいけない。第三者を使って評価するか、トップみずからの直感に従うべきである。
そして、いったん決めて買収したら、あとはできるだけ干渉しないこと。報酬面も含めて、治外法権の社内特区扱いにして、同じ土俵に乗せないことだ。トヨタの人工知能研究所TRIもおそらくそうなっているはずである。
*「持ち帰って検討します」は禁句
シリコンバレーのテック系ベンチャーは、その場の電話一本で社長の判断を仰げる相手でなければ、交渉する意味がないと思っている。日本企業にありがちな、中間に何人も挟まって、最終的な返事がいつかも分からないとなると、そもそも会ってすらもらえない。
また、ソフトウェアアルゴリズムの世界はスピード勝負。いかに高速に失敗できるかにかかっている。「そのやり方では失敗するのでは?」と、毎回疑問を投げかけられると、開発そのものがストップしてしまう。
稟議書に課長、部長がいくつもハンコを押さないと動かない日本の企業文化のあり方が問題となってくる。本来、ハンコは社長と担当者の二つだけで十分だ。
*日本式の整理整頓を強要しない
西海岸のテック系ベンチャーは、ヒッピー文化の伝統で、時間通りに出社しないし、服装もルーズ。すると、日本の本社から来た人間はつい、整理・整頓・清掃・清潔・しつけの5Sが大事などと言い出すので、向こうはしらけて辞めてしまう。まわりの空気を懸命に読んで立ち振る舞うことを何十年にわたり叩き込まれてきた日本型エリートサラリーマン管理職には到底、無理なのだ。プロフェッショナルな集団は、プロフェッショナルにしかマネージできないのである。
従来、クローズドな体制でやってきた日本企業にとっては、かなりハードルの高いチャレンジになる。だが、うまくやれば、競争力が一気に高まる可能性がある。このたび上梓した『AI経営で会社は甦る』のなかでも詳しく述べたが、AI時代には、オープンとクローズドのハイブリッド経営が求められているのだ。
冨山和彦(とやま・かずひこ)
1960年生まれ。IGPI代表取締役CEO。オムロン社外取締役、パナソニック社外取締役。企業再生の第一人者としてカネボウ、JALはじめ多数の企業を建て直してきた。AIにも精通し、人工知能のトップ研究者・松尾豊東大准教授とは2012年よりビジネスパートナー。