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長谷川 晶一
2017/04/18

【ヤクルト】“がまだせ熊本” 山中浩史が故郷での凱旋登板にかける思い

文春野球コラム ペナントレース2017

「がまだせシート」に込めた山中浩史の思い

 神宮球場のバックスクリーンには、熊本県のゆるキャラ・くまモン人形を手にした女性ファン2人組が映し出されている。恥ずかしそうにカメラに向かって手を振る女性ファンの姿とともに、画面には「山中浩史がまだせシート」と表示されている。以前からヤクルトでは、「もっと多くのファンに神宮球場に来て応援してほしい」という願いを込めて、選手たちの発案で「プレイヤーズシート」と呼ばれる球場招待サービスを行っている。

 昨年までの「選手会Presentsつばめ女子シート」、川端慎吾の「川端シート」に加えて、今年からは山田哲人の「トリプルスリーシート」の他に、熊本出身・山中浩史による「がまだせシート」が新たに誕生した。主催全67試合、各2席で合計134席をファンにプレゼント。すべて山中の自己負担だ。

 熊本の方言で「がんばれ」を意味する「がまだせ」のフレーズが冠されているのは、もちろん、昨年4月14、16日の熊本地震の復興を願って、被災者にエールを送るためだ。熊本県天草市新和町(旧天草郡新和町)出身。青と緑の山々が連なり、同時にすぐ近くには大海も広がる大自然で育った。故郷の惨事に際して、「自分でも何かできないか?」と考え、山中が起こしたアクションが「がまだせシート」だった。

 こうして、今シーズンの神宮球場では毎試合、熊本の復興を願って、内野指定・スターシート2枚の他に、リストバンド、オリジナルクッションがセットになった「山中浩史がまだせシート」が常設されることになった。熊本県のアンテナショップである銀座熊本館で応募期間内に500円(税別)以上の買い物をした者だけが、このシートに応募できるというのも、故郷を愛する山中らしいアイディアだった。

故郷熊本での登板が決まった山中浩史 ©文藝春秋

宮本賢治で始まり、高津臣吾で開花した山中の才能

 必由館高校、九州東海大学、Honda熊本と、一貫して熊本で過ごした山中が、プロに入ったのは27歳のとき。12年ドラフト6位で入団した福岡ソフトバンクホークスでは芽が出ないまま、14年シーズン途中にヤクルトに移籍。翌15年にプロ初勝利をマークすると、シーズン通算6勝(2敗)でセ・リーグ制覇に大きく貢献した。

 ヤクルトが山中を獲得した背景には、当時ヤクルトの編成を担当していた宮本賢治が、自身と同じアンダースロー投手である山中を見て、「高津(臣吾・現二軍監督)の指導を受ければ、その才能が開花するはずだ」と考えたからだと言われている。元アンダースローの編成担当者が、伸び悩むアンダースロー投手の将来を、元サイドスロー投手の指導力に賭けたのだ。ややこしい表現だけれど、つまりはそういうことなのだ。

「高校2年生のときにアンダースローに変えてからは渡辺俊介さん(元・ロッテ)の本を読んだり、ユーチューブを見たり、ずっと独学でした。アンダースローを教えられる人は少ないですから(笑)。だから、本格的に指導を受けたのはヤクルトに入って、高津さんから教わるようになったのが初めてでした」

 山中の才能が開花する時期が、すぐそこまで来ていた。

「ヤクルトに移籍して、高津さんからは、《前後》《高低》《内外》《強弱》を意識するようにと言われています。こういうものを使って、打者と駆け引きをして自分のペースに持ち込む。それをいつも言われています」

 120キロ台のストレートながら、好打者たちが振り遅れたり、空振りしたりするのは、ストライクゾーンを立体的に使っている高津と山中の見事なタッグマッチの成果だった。 技術的には「身体を起こせ」「手首を立てろ」という、高津からの指導によって、山中の才能は見事に開花した。そして、プロでの手応えをつかんで臨んだ16年シーズン。開幕直後、山中の地元を未曽有の大地震が襲った……。

そして本日、凱旋登板が実現する!

「自分の生まれ故郷が大惨事になって、本当に心が痛みました。自分に何ができるかを考えたときに、自分が活躍することで、みんなの明るい話題になりたいし、光になりたいと思いました。もっともっと活躍して、地元に明るいニュースを届けたいです」

 高校時代の仲間の家が倒壊するなど、身近な人も含めて、多くの人々が苦しんでいた。東京で暮らす自分にできることは、野球を頑張ること。決意新たに白球を握る日々。しかし、さらなる飛躍が期待された昨シーズンは6勝12敗と不本意な成績に終わった。それでも、自身の成績に関わらず、「震災復興」への取り組みは、ますます熱心に続けた。オフシーズンには同じく熊本出身の松岡健一とともに地元で野球教室を行い、自主トレも地元で敢行した。さらに、捲土重来を期す今季、彼は「がまだせシート」を提供することで、「震災復興の一助に」という、新たな責任を自らに課した。

 今シーズンの日程が発表された際に、真っ先に目を引いたのは、4月18日、熊本・藤崎台球場で行われる巨人との一戦だった。山中本人はもちろん、球団としても、「故郷での凱旋登板」を実現させたいと願っていたことだろう。

 そして本日、いよいよ熊本での凱旋登板が実現する。相手は、今シーズン初対決となる巨人だ。相手にとって不足はない。山中は「滅多にない機会。普段通りの気持ちで行きたいけれど、勝てれば最高。《がまだせ熊本精神》で頑張ります!」と、静かに闘志を燃やす。

「もしも、あのままソフトバンクに残っていたら、僕はもうとっくにクビになっていたと思います。だって、五十嵐(亮太)さんも、千賀(滉大)も、ホントに速かったですからね。でも、ヤクルトに来てチャンスをもらったからには必死で頑張らないと……」

 人は何かを背負ったときに、普段以上の実力を発揮できるという。29歳のときに背水の陣で臨んだヤクルト移籍。そして、今回の熊本地震。球場には多くの被災者が訪れることだろう。昨年オフ、野球教室に参加した少年たちも興奮の面持ちで山中の投じる白球を見つめることだろう。球界では数少ないアンダースロー投手の雄姿は、彼らにどんな力を与えることができるのか? 「震災復興」という任務を自らに課した山中浩史。その闘志あふれるピッチングに注目したい――。

 がまだせ熊本(がんばれ熊本)!
 まくんな山中(負けるな山中)!

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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。

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