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佐久間 文子
2017/05/25

ポルノ以上に禁断の領域? 男が絶対に認めたくない欲望を直視した異色作

『奈緒と私の楽園』(藤田宜永)――著者は語る

『奈緒と私の楽園』(藤田宜永 著)

「こういうテーマを正面切って書いた小説はないんじゃないか」と著者みずからいうとおり、チャレンジングで、少し風変わりな小説である。

 主人公は50歳の音楽プロデューサー塩原。離婚しているが、38歳の主婦との間に肉体関係がある。かつて彼が書いた手記を読んで突然、訪ねてきた奈緒の母親探しを手伝ううちに、29歳の奈緒にひかれていく。

 家族のもとを去った母親に執着しながら、セックスが苦手で普通の恋愛関係を拒む奈緒。若い彼女の言動は理解できないが、そのぶん珍しくもあり、自分の母親との間に不全感を抱えていた塩原は、幼児のように絵本の読み聞かせをしてもらうことに喜びを覚えて、彼女につよく執着するようになる。

「ぼくが作家になった根底には母親との対立があって。そういえば、ぼくは絵本や童話を読んでもらったことがない。そう言うと、カミさん(作家の小池真理子さん)なんか『信じられない』と驚くんだけど。母親との関係が悪かったことはこれまでにも小説に書いたことがあるので、今回は違う角度から、自分の母親ではない、抽象的な観念としての母親への不全感を回復する話を書いてみようと思ったんです」

藤田宜永さん

 日本人の行動性の裏にはおふくろがべったりくっついている、と言った三島由紀夫の言葉や、江藤淳『成熟と喪失』を読んだ記憶も、ずっと頭に残っていたという。

「連載中、『すごくいい』という人もいれば、『よくわからない』という人もいた。それでいいんだと思う。ただ、女の人にもあるかもしれないし、とくに男の中には、自分では認めないかもしれないけど、それまで閉ざされていた幼児性を解放されたいっていう気持ちは、実は強いと思うんだよ」

 男性作家にとっては、ひょっとしたら普通のポルノグラフィーを書く以上に踏み込むのがためらわれる、禁断の領域ではないだろうか。

「これが自分の経験だと思われたくないんじゃないか、って? ぜんっぜん(笑い)。おれ、アナーキーなところがあって、何と思われてもかまわないから。塩原はおれではないけど、おれの中の何かが反応していることは確かだし、眠いときに耳元で『からすのパンやさん』なんて読まれたら、それは気持ちいいんじゃないかと思うよ。普遍的なテーマだと思うから、ごく、自然に書けましたね」

奈緒と私の楽園

藤田 宜永(著)

文藝春秋
2017年3月24日 発売

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