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長谷川 晶一
2017/06/07

【ヤクルト】対ホークスの思い出は山田哲人の3連続ホームラン

交流戦 指名対決 テーマ「とり」 文春野球コラム ペナントレース2017

ヤクルトとソフトバンクの思い出あれこれ

拝啓

 松中みなみ様。先日の「文春野球決起集会」において、一度だけごあいさつさせていただきました。この日はお仕事のご都合ということで、松中さんは早々に退席されましたので、あまりゆっくりとお話しすることはできませんでした。

 僕の中の「松中みなみ像」と言えば、事前に聞いていた「ニィニィ」こと、松中信彦氏のご親戚であるということ。あるいは、あの日対面した際に感じた、「明るく元気な方だな」という印象。そして、これまで「文春野球」で書かれたコラムを読んで、「独自の世界観をお持ちの方だな」という感想を持っていました。

 さて、このたび、「文春野球交流戦」ということで、我がヤクルトとソフトバンクとの対戦が組まれることとなりました。さっそく、僕は両球団にまつわるエピソードを思い出すべく、自分の記憶の扉を開くことにしました。口幅ったい言い方となりますが、つい先日、極私的ヤクルト史をまとめた『いつも、気づけば神宮に 東京ヤクルトスワローズ「9つの系譜」』を出版したばかりです。それなりの知識、情報は持っているつもりです。

 真っ先に思い浮かんだのは、2015年の日本シリーズ。結果は1勝4敗という完敗に終わりました。全5戦、僕はすべて球場で観戦しました。初戦に登場した、当時の時の人である五郎丸歩の始球式までは、とてもワクワクしたものですが、試合開始直後から、「強すぎる、ソフトバンク!」と恐れおののくこととなりました。正直言えば、あの年の日本シリーズは大人と子どもぐらいの実力差があったのでしょう。

 あの年のシリーズ唯一の思い出は、第3戦で山田哲人が3連続ホームランをかっ飛ばしたことぐらいでしょうか? あの日、神宮の始球式に登場したのは五郎丸ではなく、村田諒太でした。以来、五郎丸よりも、村田にシンパシーを感じるようになってしまいました。

15年の日本シリーズ第3戦で3打席連続ホームランを放った山田哲人 ©文藝春秋

 あるいは、そちらで元気に頑張っている五十嵐亮太。そして、川島慶三のことも忘れてはいけません。そうそう、今季から二軍打撃コーチに就任した韋駄天・飯田哲也は元気でしょうか? 一軍コーチだった昨年まではスポーツニュースにチラッと映る彼の姿を見て、在りし日の90年代の余韻に浸ったものでした。

 90年代の黄金時代と言えば、名将・野村克也。ノムさんはそもそも、ソフトバンクの前身、「南海ホークス」の出身でしたね。

 あっ、山中浩史のお礼を申し上げるのを忘れていました。プロで1勝もマークしていなかったとはいえ、あれだけの逸材を提供してくださったホークス関係者には感謝の言葉しかありません。うちの高津臣吾コーチ(現二軍監)の下、見事に才能が開花しました。その一方で、交換相手の日高亮が、早々に現役引退してしまったのは残念でなりません。

 そうそう、地下鉄・唐人町駅からヤフオクドームに向かう途中には、「健腸長寿」と書かれた、ヤクルトの容器をかたどった石碑がありましたね。まさか、ヤクルト創業の地が福岡だとは、この石碑を見るまでまったく知りませんでした。

 さぁ、「ヤクルトとソフトバンクの物語」、どんな原稿を書こうかな? そう考えていたところ、今回の「対戦テーマ」が発表されました。その瞬間、僕は膝から崩れ落ちてしまいました……。

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