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冨山 和彦
2014/12/10

グローバル経済圏とローカル経済圏
地方版「所得倍増計画」を実施せよ

規制緩和無用のローカル経済圏が未曾有の人手不足を乗り越えたとき、再び日が昇る

 

 日本経済を立て直すため、これまでいくつもの「成長戦略」が、政府によって打ち出されてきました。

 アベノミクスも「第三の矢」として、法人税引き下げやエネルギー・農業・医療分野の規制撤廃による外資導入を掲げています。しかし、それだけで日本経済全体の再生に効果があるかは大いに疑問です。

 その最大の理由は、これらの成長戦略が日本の大企業、特に製造業を中心とするグローバル企業に焦点を当ててきたためです。ものづくりのグローバル企業がしっかり稼げば、日本経済にプラスに働くことは、間違いありません。しかし、日本経済全体を浮揚させることには直接つながりません。

 それはなぜか。

 トリクルダウンが起こらないからです。

 日本の製造業を中心とする大企業が儲かれば、その利益が中小企業や他の産業に水が滴り落ちるように波及していく。それが日本でかつて起きていたトリクルダウンです。

 では、なぜトリクルダウンは起こらなくなってしまったのでしょうか。

 第一の理由は、単純に日本経済に占める製造業の割合が低下したことです。製造業が日本経済全体に占める割合を見ると、企業数では一〇・五%、従業員数では一八・八%、付加価値額では二三・一%しか占めていません。これは下請けの中小製造業も入れた数字です。全体を潤すほどのボリュームはすでにないのです。

 第二の理由は、グローバル化によって、水平分業が著しく進んだことです。グローバル企業は現在、熾烈な国際競争を勝ち抜くために、世界中で最も効率的な組み合わせを探して分業体制を敷きます。原材料をA国で調達し、部品はB国とC国から仕入れ、組み立て・販売は、D国で行う。組み立て・販売は、運送費のコストを抑え、到着までのスピードを上げるために最終消費地に近い国がよく選ばれます。このような国際的な分業体制が敷かれると、まず、海外に移転していく生産拠点が増えます。また、生産拠点が移転していなくとも、そこで扱う部品を国内から調達するとは限りません。すると、グローバル企業の利益は、日本だけには還元されません。いわゆる「下請け」企業も、大企業から安定した発注を受けられるとは限りません。世界の「下請け」企業とのグローバル競争に巻き込まれるからです。こうして、かつてあったトリクルダウンの規模は大幅に少なくなってしまいました。

 では、どうすればいいのか。

 もはや二割程度しかない製造業以外の部分にも目を向ければいいのです。それは製造業を中心としたグローバル企業の活動とは無縁の、GDPの約7割を占めるサービス業が主役の世界です。私はこの経済圏をグローバル(G)に対して、ローカル(L)と名づけました。皮肉なことにグローバル化が進めば進むほど、両者の関係は希薄になり、乖離していきます。自国のグローバル企業が国際競争に勝てば、国全体が豊かになる。そんな時代は終わったのです。

グローバル経済圏とローカル経済圏は別世界

 日本も含め、先進国の経済では、GとLが併存していることに気づきはじめたのは、二〇〇八年のリーマン・ショックが起きる数年前のことです。

 私は二〇〇三年に産業再生機構に参画して、COO(最高執行責任者)を務め、解散までの四年間に四十一の再建案件を扱いました。カネボウ、ダイエーなどの大企業も扱いましたが、産業再生機構が扱った案件のうち約三分の二がLの経済圏の中堅・中小企業でした。主に地方の旅館や百貨店、バス会社などでした。

 Lの企業の再建を通して感じていたのは、Gの企業とは、まったく別の世界に生きている、ということです。例えば、Gの経済圏では、世界中の同業他社がライバルになります。ところが、鬼怒川の旅館を再建するのに、欧米のホテルが現地で何をやっているかを気にする必要はありません。グローバルな競争をしていないからです。地方のバス会社であれば、国内別エリアのバス会社さえ競争相手ではありません。

 産業再生機構の解散後は、その中心メンバーで経営共創基盤(IGPI)を設立し、経営コンサルティングなどを手がけるようになりましたが、クライアント企業には、やはりGとLの両方が混在していました。

 GとLの違いがはっきり見えたのは、二〇〇八年にリーマン・ショックが起きたときです。G経済圏の企業は、売り上げが一気に半減するなど大変な騒ぎになりました。会社の存続が危ぶまれ、大量リストラを実施するところも出てきました。ところが、地方のバス会社で、リーマン・ショックを機に乗客が半減したといった話は聞きません。そのような影響は受けることなく、むしろ慢性的な運転手不足で困っている。百年に一度の大不況で、世の中には失業者があふれているというのにです。クライアント企業のうち、Gのほうはリストラ実施に頭を痛め、Lのほうは人手不足で困っている。まったくリンクしていない二つの経済圏が、併存していることを痛感しました。

 私たちは二〇〇九年に、みちのりホールディングスを設立し、岩手県、福島県、茨城県などのバス会社の経営に関わるようになりました。そこでは、的確な努力と工夫をすれば、地方のバス会社も売り上げや利益が増え、運転手の賃金も上げられることがわかりました。世間では、G経済圏だけに成長や発展の機会があって、L経済圏は衰退する一方で成長機会などない、と言われていますが、まるで違いました。そこからGとLの違いをはっきり意識するようになり、日本経済再生のためには、Gを強くするだけではなく、Lを強くすることも欠かせないとわかってきました。

 現在は「地方創生」の議論が本格化していますが、アベノミクスの成長戦略が最初に発表されたときには、Lの経済圏を明確に意識したメニューではないので、「これはGの経済圏には効いても、日本経済の全体には効かないだろう」と直感的に思いました。実は二〇〇二年から二〇〇七年の「いざなぎ超え」と言われた景気拡大の時期にも同じことが起きていたからです。株価は一万円台から一万五〇〇〇円台に上がり、日本のグローバル企業は軒並み業績を伸ばしましたが、トリクルダウンは起こらなかった。国民の大多数は、景気拡大を実感できず、「格差」が大きな問題として浮上しました。日本のグローバル企業の国際競争力を高めたり、外資が日本に来やすくする政策だけでは、安定して豊かな社会を作ることはできないのです。

 最大の課題はL経済圏を復活させることです。

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