昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載世界経済の革命児

大西 康之
2017/07/26

ウーバー創業者トラビス・カラニックは「スティーブ・ジョブズの再来」になるか

世界経済の革命児

source : 文藝春秋 2017年8月号

genre : ビジネス, 企業, 経済, 国際, テクノロジー, マネー

 元社員によるセクハラ告発、社内で横行するパワハラ、自社の配車サービスを利用しているドライバーへの暴言。自らの粗野な性格に起因する様々なトラブルが重なり、主要投資家から辞任勧告を受けた。ついには6月20日にCEO(最高経営責任者)の椅子を明け渡した。

 それでも、この男の存在感は霞まない。

 ウーバーは未上場企業だが、このほど公表された財務情報によると、2016年の売上高は65億ドル、最終損益は28億ドルの赤字だ。足元の数字だけを見れば大した会社に見えない。驚くべきはその将来価値だ。アナリストが弾き出している企業価値は実に600億ドル(約6兆6000億円)。ゼネラル・モーターズ(GM)の516億ドル(約5兆7000億円)を軽く上回る。

ウーバー創業者トラビス・カラニック ©ロイター=共同

 スマートフォンを使った配車サービス「ウーバー」を一度でも使ったことがある人なら、その価値がわかるだろう。私も愛用者の一人だ。海外で空港に着いたら、まずスマホでアプリを立ち上げる。地図上に、近くを走っている車が何台も表示される。その中の一台をクリックすると、詳細データが表示される。乗りたい車を選び「今いる場所はサウスウイングの五番ゲート。行き先はダウンタウンのヒルトンホテル」とスマホに入力する。「5分で迎えに行きます」と返事が来る。

 迎えに来るのはたいてい個人の乗用車だ。私が利用したドライバーは夏休み中の中学校の先生、主婦、リタイアしたエンジニアなど多様なバックグランドの人たちだった。「危ない」と思うかもしれないが、ウーバーには利用者が評価する仕組みがあり、運転が上手く接客のいいドライバーにはたくさん星がつく。星の多いドライバーを選んでおけば安心だ。星の数を増やしたいドライバー達に、飴やペットボトルの水を勧められたこともある。皆「ウーバーのおかげで隙間時間を使って稼げるようになった」と喜んでいた。

 車に乗り込むと、いちいち行き先を説明しなくても、ドライバーのスマホがナビを始める。アプリにクレジットカードの番号が入れてあるので、現金も不要。一言も喋らずに目的地まで連れて行ってくれる。

 まだ日本では普及していないが、「ライドシェア(乗り合い)」と呼ばれるこの仕組みは、米欧やアジア諸国ではすでに当たり前。楽天が出資する米国の「リフト」や、ソフトバンクが出資する中国の「滴滴出行」などが加わり、タクシーを駆逐しつつある。

 既存のビジネスを破壊するウーバーには敵が多い。75カ国のタクシー業界から「天敵」と見なされ、世界数十カ国で訴訟を起こされている。だがカラニックは恐れない。

 普通は各国の運輸当局と交渉をして、許認可を得てからビジネスを始めるものだが、彼は無認可のままサービスを始める。当局が止める前に「なくてはならないサービス」になってしまえば「勝ち」という強引極まりないやり方だが、カラニックは「利用者にとってもドライバーにとっても、ライドシェアの方が合理的」と確信犯的にサービスを世界に広めた。シリコンバレーの起業家達と親交の深い楽天社長の三木谷浩史も「トラビスのぶっ飛びぶりは別格」と舌を巻く。

 世界で走っている自動車の後部座席は90%近く空いている。個人が保有する乗用車は、月曜日から金曜日まで車庫で眠っている。ライドシェアは、その空きスペースを埋めていく。つまり、世界中の車の稼働率を大幅に上げる。そうなれば必要な自動車の数は激減する。

 そう、カラニックが破壊しようとしているのは自動車産業そのものだ。それを見抜いたからこそ、マーケットはウーバーに途方もない価値を認めているのだ。

 いく先々で摩擦を生み、周りの人間を疲弊させる。自分が「正しい」と思ったことを実現するためには手段を選ばない。こうした特性からカラニックを「スティーブ・ジョブズの再来」と呼ぶ人もいる。

 世界経済に破壊的創造をもたらすのは、いつの時代も、彼らのような「狂気の人」だった。カラニックが「本物」かどうかを見極めるには、もう少し時間が必要だ。しかしライドシェアの普及が止まる気配はない。カラニックが数年以内に復活するようなら、この男は本当に「自動車の世紀」を終わらせてしまうかもしれない。

はてなブックマークに追加