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長谷川 晶一
2017/07/11

【ヤクルト】七夕の惨劇――あの日の夜を忘れない

文春野球コラム ペナントレース2017

まさか、まさかの「ライアン小川」クローザー失敗

 長い間生きていればいろいろなことがある。思い通りにいかないことなんてザラだということも、これまでの経験則でよく知っている。それでも、言葉を失ってしまうような事態に直面した際に、人は内省的になり、哲学的になってしまうのかもしれない。「あの日」以来、さまざまな思考が頭を渦巻き、とりとめなく煩悶する日々が続いている。

 ……何のことか? ヤクルトのことである。7月7日の「七夕の惨劇」のことである。5点リードの9回から登板した新守護神・小川泰弘が3本のホームランを浴びてまさかの6失点。もはや笑うしかないほどの大逆転劇を喫し、8対9と大惨敗したあの夜のことである。首位と最下位とは、こうも違うものなのか? ただただ広島東洋カープの強さを、そして彼我の実力差をまざまざと見せつけられたあの夜の涙のことである。

新クローザーに任命された小川泰弘 ©文藝春秋

 報道によれば、試合後には一部ファンがクラブハウスに押し掛け、真中満監督に対して「辞めろ」「謝罪しろ」と抗議活動を行ったという。実際には、怒りが収まらない一部のファンの行動が大げさに報じられたようだが、あの大人しいヤクルトファンでさえ、つい罵声を浴びせたくなるほどの惨劇であったのは間違いない。僕もまた、大声を張り上げたいほどの衝動に駆られたけれど、惚れた者の弱み。「それでも、チームを愛おしく見つめ続けることしかできないのだ」と、近所の安酒場で焼酎をあおり続けることしかできなかった。

 でも、シーズン途中で監督が休養しようと、更迭されようと、ドラフト政策の失敗、若手育成ノウハウの不備、ケガ人防止のケア体制の欠如などの根本的な問題解決には何もつながらないと個人的には思う。もちろん、異論があることも承知している。それでも僕は、真中監督をはじめとする首脳陣を信じ、故障者続出の中で奮闘を続けるスワローズ戦士たちを信じて、神宮球場に通い、変わらずに応援を続けるしかないと思っている。

 ちなみにこれまで、国鉄、サンケイ、ヤクルト時代を通じて、シーズン途中で監督が休養したケースは過去に7度ある。

1965(昭和40)年・6位 林義一 → 砂押邦信
1967(昭和42)年・5位 飯田徳治 → 中原宏
1970(昭和45)年・6位 別所毅彦 → 小川善治
1976(昭和51)年・5位 荒川博 → 広岡達朗
1979(昭和54)年・6位 広岡達朗 → 佐藤孝夫
1984(昭和59)年・5位 武上四郎 → 中西太 → 土橋正幸
2010(平成22)年・4位 高田繁 → 小川淳司

 ここに、新たな歴史が刻まれないことを願ってやまない。とにかく、真中監督には、ぜひともシーズンをまっとうしていただきたいのだ。

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