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長谷川 晶一
2017/08/27

【ヤクルト】この神宮の片隅で、飯原誉士の「不安」を味わう

文春野球コラム ペナントレース2017

16年「不安カルテット」から、17年「不安コンビ」へ

 順位表を見なくなってからかなりの時間が経った。だから、現在ヤクルトに借金がいくつあるのか、5位とのゲーム差がどれくらいあるのか、正確な数字はよくわからない。おそらく、クライマックスシリーズへの自力出場の可能性も、とっくに潰えているのだろう。首位・広島とは30ゲーム以上は開いているはずだ。それでも、日々の試合は神宮球場で、あるいはスカパー!で丹念にチェックしているので、ヤクルトナインの奮闘はきちんと追い続けている。

 8月に入り、二番・山崎晃大朗や、七番・藤井亮太、八番・奥村展征など、期待の若手が積極的に起用され、日々もがきながら、実戦の舞台で白球と格闘している。これこそ、早々にペナントレース争いから脱落したチームだけに許された「若手登用」の好機なのだろう。彼らには今年、いい経験を積んで来季以降に存分に開花してもらいたい。それが、一ファンとしての偽らざる心境であり、こんなチーム状態だからこそのファンの楽しみでもある。

 ……と同時に、「熱戦」とは無縁でまったく残暑もなく、少し早めの秋風が吹いている状況だからこそ、僕はついつい首筋が寒くなりつつあるベテラン選手たちに思いを馳せる。ネックウォーマーでは決してしのぐことのできない強烈な悪寒。首筋がすでに凍りついているベテラン選手たちは今、どんな思いで日々の試合に臨んでいるのだろう?

 僕の頭に真っ先に浮かぶのが、背番号《8》と《9》のベテランコンビだ。そう、《8》は前回のコラムで取り上げた武内晋一。そして、《9》は、プロ12年目の飯原誉士だ。この2選手こそ、今の僕にとっての「不安コンビ」の両輪なのだ。実は、昨年の秋口には、背番号《7》と《10》も含めて、《7》《8》《9》《10》の4選手が、僕にとっての「不安カルテット」だった。

 改めて説明すると、背番号《7》は田中浩康。山田哲人にポジションを奪われてからは、年々存在感が薄れていた。2015年シーズン開幕前の絵馬奉納の際に「うけいれる」と書いていた姿に涙をこらえることができなかった。そして背番号《10》は、16年シーズンに31打数2安打、打率.065という極度の大不振だった森岡良介だ。結局、この年限りで浩康は戦力外通告を受け、DeNAに移籍した。ラミレス監督の下で、きちんと存在感を発揮している彼の姿を見て涙するヤクルトファンは多い。新天地での通算1000安打も、通算300犠打達成も本当に嬉しい。一方の森岡はこの年限りで現役を引退。現在は一軍野手コーチ補佐として、第二の人生を歩み始め、今でもベンチ内に彼の姿を見つけることができる。

 こうして、僕の中の「不安カルテット」は、16年オフにメンバー2人が離脱して、17年シーズンになると一気に2人組ユニット「不安コンビ」へと変わった。そして今年。背番号《8》の武内も、背番号《9》の飯原も、僕の不安を吹き飛ばしてくれるような活躍をまったく見せていない。胸の内の不安はますます大きくなるばかりで、気がつけばすでに8月も終わろうとしているのだ。

「不安コンビ」の一人、プロ12年目の飯原誉士 ©文藝春秋