昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

山本 一郎
2017/08/31

日本人は休むのが下手で、頑張ればうまくいくと思い込み過ぎなのではないか

 タイトルで言いたいことは終わりです。以下駄文。というのも、私も多少なりとも体育会系を経験し、またプロスポーツのデータ担当という仕事をやっていると、「成果を出すために何をするべきか」考えるべきマネージャーが、往々にして「自分の思い通りにならない現実」は「部下がやるべきことをやらなかった怠慢が理由」と容易に断定してしまうリスクを目にすることがあるからなんですよね。さすがにプロスポーツの世界ではいわゆる精神論、根性論というのが少しずつなくなってきましたが、やはり結果が出ない選手は落ち込むし、負けが込むと「誰が悪いのか」という話になりやすいのはどの組織でも同じです。

 データを使って選手を把握しよう、モチベーションを管理して良いコンディションで能力を出してもらおうというコンセンサスができているため、10年前に比べて変な事故は減りました。でも、一方アマチュアスポーツの世界や地方の企業や自治体などの組織を見ると、いまでも「結果が出ないのは頑張りが足りなかったからだ」という理屈で、風通しが物置の中状態になっているケースはたくさんあります。

良い努力信仰とは何か?

©iStock.com

 先日も、高校の野球部で試合に負けた腹いせに監督やコーチが高校球児に対して100メートルダッシュ100本を強いて倒れた子を出してしまい、再発の防止に努めるという報道がありました。100メートルダッシュを繰り返して野球の試合に勝てるならプロ選手はみんなスプリンターみたいな体形になってしまうんですけどね。必要なことは、下手くそな選手を下手だと放置せず、逆に彼なら何ができるのかを見極めたうえで、上手くなるためのハードルやステップを監督やコーチが用意して、クリアできるように見守ってやることです。受験勉強でも営業成績でも、必ず取り組んでいることと出る成果には因果関係があって、公文式でも四谷大塚でも問題を細切れにしてちょっとずつ勉強したり、段階を踏んで慣れていきながら少しずつむつかしい問題に取り組んでいって、最終的には学力という「戦うためのスキル」が身に付きます。でも、付くのは学力であって、成績ではありません。成績はテストの結果であって、ついた学力が100%反映されるとは限らないから、応用力をつけたり、幅広い知識を得るなどして土台を築かせ、どのようなテストがきても対応できるようにすることで、実生活でも役に立つ学問を修めることができるわけですよ。

 ところが、努力信仰というのは良い面も悪い面もあって、もちろん良い面はとっつきにくいことでも我慢して取り組んでいるうちにどうにかなってしまうことで成功体験が得られるところです。プロスポーツでも、筋トレに関心のなかった選手が不振でスタメン落ちの機会に「できることは何でもやってみよう」と筋トレに励みだすことがあります。そもそも、私たちのやる仕事だって、どれもが最初はやりたくないことだけど、こなしているうちにコツが分かってきて、最終的に難なくできるようになるという経験もあるんじゃないでしょうか。また、いま読者の皆さんがされている仕事も、子供のころや学生時代に思い描いていたような業務内容じゃなかったんじゃないかと思うのです。気乗りしないけど就職してしまい、仕事を覚えてみたら立派なキャリアになったというのは、決して無駄な努力じゃなかった、成果を出すのに正しい努力はしたということになるんじゃないでしょうか。